米中チップ戦争2026——RISC-Vが新たな主戦場に浮上
年間160億チップ出荷、前年比+60%成長、中国の国家投資額$48B(約7.2兆円)——オープンソースの命令セットアーキテクチャ(ISA)であるRISC-Vが、米中半導体戦争の新たな震源地となっています。
2026年3月、米中の半導体を巡る攻防は新たなフェーズに突入しました。米国が2022年以降段階的に強化してきた対中半導体輸出規制は、NvidiaのAI用GPUからASMLのEUV露光装置まで、広範な製品・技術をカバーするに至っています。しかし、中国はこの規制の「抜け穴」としてRISC-Vに着目し、巨額の国家投資を投入して半導体の自給率向上を加速させています。
RISC-V International(RISC-V標準化団体)の最新データによると、RISC-Vベースのチップは2025年に累計160億個が出荷され、前年の100億個から60%の急成長を記録しました。この勢いの背景には、中国企業の圧倒的な採用拡大があります。本記事では、RISC-Vがなぜ米中チップ戦争の新たな焦点となっているのか、技術的な優位性と課題、そして日本の半導体産業への影響を徹底的に解説します。
RISC-Vとは何か——オープンソースISAの革命
RISC-V(リスク・ファイブ)は、2010年にカリフォルニア大学バークレー校で開発が始まったオープンソースの命令セットアーキテクチャ(ISA)です。ISAとは、ソフトウェアがハードウェア(CPU)と対話するための「言語」のようなもので、x86(Intel/AMD)やARM(ARM Holdings)がこれまで市場を支配してきました。
RISC-Vが従来のISAと根本的に異なるのは、ライセンス料が完全に無料であるという点です。ARMのISAを使用するには、ARM Holdingsとのライセンス契約が必要で、初期費用(数百万〜数千万ドル)とチップ出荷ごとのロイヤリティ(売上の1〜2%)が発生します。一方、RISC-Vは誰でも自由に使用・改変・商用化できます。
RISC-Vの技術的特徴
- モジュラー設計: 基本命令セット(RV32I/RV64I)に、浮動小数点、ベクタ演算、暗号化などの拡張をモジュール式で追加可能
- シンプルな命令セット: 基本命令数が約47と非常に少なく(x86は数千、ARMも数百)、チップ設計の複雑さとコストを低減
- カスタム拡張が自由: 独自の命令拡張を追加可能。AI推論、暗号処理、信号処理などの用途に特化したカスタムチップを低コストで設計できる
- ベンダーロックインなし: 特定の企業に依存しないため、地政学的リスク(輸出規制など)の影響を受けにくい
以下の図は、ARMとRISC-Vのエコシステムを対比したものです。ライセンスモデル、市場シェア、主要プレイヤー、強み・弱みの全体像が把握できます。
米国の輸出規制——強化の歴史と現在地
米中半導体戦争の発端は、2019年のHuaweiEntity List追加に遡ります。以降、米国は段階的に規制を強化し、2026年現在では以下の範囲に拡大しています。
規制の主要な柱
- AI用GPU輸出禁止: Nvidia H100/H200/B200、AMD MI300X/MI400Xなど、高性能AI学習用チップの対中輸出を全面禁止
- 半導体製造装置規制: ASMLのEUV/High-NA EUV露光装置、東京エレクトロンの先端エッチング装置、LRCX(Lam Research)の成膜装置などの対中輸出を禁止。日本・オランダも同調
- 先端プロセスノード制限: 14nm(ロジック)/ 18nm(DRAM)以下の製造技術に関連する支援を禁止
- 人材・技術交流制限: 米国籍のエンジニアが中国の半導体企業で技術支援を行うことを禁止
規制の効果と限界
米国の輸出規制は、中国の先端半導体開発に確かな打撃を与えました。Huaweiは自社設計のKirinチップの製造をTSMCに委託できなくなり、SMICの7nmプロセス(DUV多重露光による代替技術)に頼らざるを得ない状況です。SMICの7nm歩留まりは推定15〜20%と、TSMCの90%以上と比較して著しく低く、コストと生産量の両面で大きなハンデを抱えています。
しかし、規制にはいくつかの構造的な限界も明らかになっています。
- RISC-V ISAの規制困難性: RISC-Vの仕様はオープンソースでインターネット上に公開されており、「情報」としての輸出規制は事実上不可能。2024年に米議会で議論されたが、技術コミュニティからの強い反発と実効性の低さから規制は見送り
- 迂回輸出: 第三国(東南アジア、中東)経由での半導体調達が続いており、完全な封じ込めは困難
- 自給率向上の加速: 規制が逆にインセンティブとなり、中国の半導体国産化投資が加速(「スプートニク・モーメント」効果)
以下の図は、2019年から2026年にかけての米中半導体規制のタイムラインと、それに対する中国のRISC-V活用加速を時系列で整理したものです。
中国のRISC-V戦略——国家主導の半導体自給化
中国がRISC-Vを「戦略的ISA」として位置づけた背景には、ARMライセンスへの依存リスクがあります。ARM Holdingsは英国企業ですが、米国の規制により、制裁対象の中国企業にはARMライセンスの更新・新規付与が制限されるリスクがあります。実際、2019年にはHuaweiへのARMライセンス供給が一時停止されました(後に一部再開)。
中国のRISC-V主要プレイヤー
| 企業 | 製品 | 用途 | 注目ポイント |
|---|---|---|---|
| Alibaba 平頭哥(T-Head) | 玄鉄C910/C920 | サーバー・AI推論 | 高性能RISC-Vコアをオープンソース公開 |
| Sophgo(算能科技) | SG2380 | AI推論・エッジ | RISC-Vベース64コアサーバーチップ |
| StarFive(賽昉科技) | JH7110 | シングルボードPC | Linux対応RISC-Vボードが世界的に普及 |
| Canaan Creative(嘉楠科技) | K230 | AIoT | RISC-V AI推論アクセラレータ |
| Huawei HiSilicon | Kirin 9100コプロセッサ | モバイル | メインCPUはARM、RISC-Vをコプロセッサとして活用 |
| Espressif | ESP32-C6 | IoT | Wi-Fi 6対応RISC-VチップでIoT市場を席巻 |
国家投資の規模
中国政府は2023年に発表した半導体自給化ロードマップにおいて、RISC-V関連に**約$48B(約7.2兆円)**の投資を計画しています。この金額は、米国のCHIPS Act($52.7B)に匹敵する規模です。投資は以下の領域に振り分けられています。
- RISC-Vコア設計: $12B(SiFive級の高性能コアを国内で開発)
- ソフトウェアエコシステム: $8B(コンパイラ、OS、ドライバ開発)
- 製造プロセス連携: $15B(SMICとの協業、RISC-Vチップの量産体制)
- 人材育成: $5B(大学・研究機関でのRISC-V教育プログラム)
- 標準化・業界団体: $8B(RISC-V International への参加、独自拡張仕様の提案)
ARM vs RISC-V 技術詳細比較
ARMとRISC-Vの技術的な違いをより詳細に比較します。
| 比較項目 | ARM | RISC-V |
|---|---|---|
| ライセンス | 有償(初期費用$1M〜$15M + ロイヤリティ1〜2%) | 完全無料(オープンソース、BSD License) |
| 基本命令数 | 約400(ARMv9) | 約47(RV64G) |
| 命令セット拡張 | ARM定義の拡張のみ | 自由にカスタム拡張可能 |
| 最高性能コア | Cortex-X5(3.8GHz、SPECint 30+) | SiFive P870(2.4GHz、SPECint 18+) |
| シングルスレッド性能 | 非常に高い(Apple M4級) | 発展途上(ARM比で60〜70%程度) |
| マルチコアスケーラビリティ | big.LITTLE / DynamIQ | 自由な構成が可能 |
| OS対応 | Linux, Windows, Android, iOS | Linux, Android(Windows非対応) |
| 開発ツールチェーン | 非常に成熟(GCC, LLVM, 各社IDEフル対応) | 急速に改善中(GCC, LLVM対応済み、IDE限定的) |
| モバイルSoC実績 | 全スマートフォンの99% | モバイルではサブプロセッサのみ |
| サーバー実績 | AWS Graviton4、Ampere Altra Max | Sophgo SG2380(初期段階) |
| AI推論チップ | ARM Ethos NPU | Tenstorrent, Sophgo(成長中) |
| IoT/組込み | 圧倒的シェア | 急成長中(35%シェア) |
性能ギャップの現実
RISC-Vの最大の課題は、高性能コンピューティング分野でのARMとの性能差です。SiFiveの最新コア「P870」はSPECint2017で約18ポイントを記録していますが、ARMのCortex-X5は30ポイント以上と、約1.7倍の差があります。
ただし、この差は急速に縮まっています。2023年のRISC-V最高性能コア(SiFive P670)がSPECint 12程度だったことを考えると、2年で50%の性能向上を達成しています。業界アナリストは、2028年頃にRISC-VがARMの高性能コアと同等レベルに到達すると予測しています。
一方、IoT・組込み分野では状況が異なります。低消費電力・低コストが求められるこの領域では、RISC-Vのシンプルな命令セットとライセンス料ゼロが大きな優位性となっており、**IoT向けチップの35%**がすでにRISC-Vベースです。
RISC-Vの「規制可能性」を巡る論争
米国議会では2024年から、RISC-Vに対する何らかの規制の必要性が議論されてきました。しかし、2026年3月時点でRISC-V ISA自体への規制は実施されていません。その理由は以下の通りです。
規制が困難な理由
- オープンスタンダードの性質: RISC-Vの仕様書はGitHub上に公開されており、「情報」の輸出規制は言論の自由の観点から憲法上の問題がある
- 国際団体の所在地: RISC-V Internationalは2020年にスイスに本部を移転しており、米国法の直接的な管轄外
- 米国企業への打撃: Google、Qualcomm、Intel、WesternDigitalなど多くの米国企業がRISC-Vに投資しており、規制はこれらの企業にも打撃を与える
- 代替手段の存在: 中国がRISC-Vを使えなくなっても、独自ISAの開発(LoongArchなど)に切り替えるだけで、根本的な封じ込めにはならない
規制推進派の主張
一方で、規制推進派(主に米議会の対中強硬派)は以下の懸念を示しています。
- RISC-V International の理事会に中国企業(Alibaba、Huawei関連)が参加しており、標準化プロセスに影響力を持っている
- 中国がRISC-Vを活用して軍事用半導体を開発する可能性
- RISC-V技術の中国企業への知識移転を防ぐため、米国企業のRISC-V関連団体への参加を制限すべき
この論争は2026年現在も決着しておらず、「オープンスタンダードの規制は技術的にも法的にも困難」というのが現時点での主流見解です。
日本のRISC-V採用状況とチップ産業への影響
日本企業のRISC-V動向
日本の半導体産業もRISC-Vの台頭に対応を迫られています。
| 企業 | RISC-V関連の取り組み | 状況 |
|---|---|---|
| ルネサスエレクトロニクス | RISC-Vコア搭載マイコン「RZ/Five」量産 | 商用化済み |
| ソニーセミコンダクタ | イメージセンサー向けRISC-Vコプロセッサ評価 | 開発中 |
| 東芝デバイス | IoT向けRISC-Vチップ開発 | 試作段階 |
| Preferred Networks | AI推論向けRISC-Vカスタムチップ研究 | 研究段階 |
| Rapidus | 2nm先端プロセスでのRISC-V対応検討 | 計画段階 |
ルネサスエレクトロニクスは日本企業の中で最も積極的にRISC-Vに取り組んでおり、2024年に発売した「RZ/Five」はLinux対応のRISC-Vマイコンとして産業機器・IoTデバイスで採用が進んでいます。ルネサスはARM Cortexベースの製品ラインも維持しつつ、RISC-Vをポートフォリオに追加する「デュアルISA戦略」を採っています。
日本への地政学的影響
日本は米中半導体戦争において、複雑な立場にあります。
米国同盟としての規制協調: 日本は2023年から半導体製造装置の対中輸出規制に参加し、東京エレクトロン、SCREENホールディングス、Lasertecなどの装置メーカーが影響を受けています。2025年の規制強化により、対中売上比率の高い東京エレクトロンは売上の**約25%(推定$4B)**が影響を受ける見通しです。
RISC-Vの機会: 一方で、RISC-Vのオープンなエコシステムは日本の半導体産業にとっても機会です。ARMライセンス料が不要になることで、中小規模のチップ設計企業が参入しやすくなり、Rapidusの2nm先端プロセスとRISC-Vの組み合わせは、日本独自の競争力となる可能性があります。
サプライチェーンの再構築: TSMCの熊本工場(JASM)が2024年に稼働を開始し、日本国内での半導体製造能力が回復しつつあります。RISC-Vチップの製造拠点として日本が役割を果たす可能性も議論されています。
日本の半導体戦略との関係
経済産業省が推進する「半導体・デジタル産業戦略」では、RISC-Vは直接的には言及されていませんが、「オープンアーキテクチャの活用」が方針として掲げられています。産業技術総合研究所(AIST)ではRISC-V関連の研究プロジェクトが複数進行中であり、日本の研究機関・大学でのRISC-V教育も拡大しています。
2026年1月には東京大学がRISC-Vベースのアクセラレータを用いた研究成果を発表し、国内のRISC-Vコミュニティが活性化しています。
RISC-Vの今後——2026年以降のシナリオ
楽観シナリオ: RISC-VがARMに並ぶ第2の選択肢に
- 2028年までにRISC-Vの高性能コアがARM Cortex-X級に到達
- Android端末でRISC-VメインCPU搭載モデルが登場
- サーバー市場でRISC-Vが5〜10%のシェアを獲得
- 年間出荷数が400億チップに到達
基本シナリオ: IoT/組込み中心の成長が継続
- IoT/組込み市場でRISC-Vシェアが50%超に
- 高性能分野はARMが引き続き支配(RISC-Vは補助的役割)
- 中国国内市場ではRISC-Vが主力ISAに
- 年間出荷数は250〜300億チップに成長
悲観シナリオ: フラグメンテーション問題
- 中国と西側のRISC-V拡張仕様が分裂し、互換性が失われる
- 米国がRISC-V関連の技術協力に何らかの制限を導入
- エコシステムの分断によりRISC-Vの成長が鈍化
- ARMが対抗してライセンス料を大幅値下げし、RISC-Vの価格優位性が低下
料金面でのインパクト
RISC-Vのライセンスフリーモデルは、チップコストに直接的な影響を与えます。参考として、ARMベースとRISC-Vベースでの設計コスト差を示します。
| コスト項目 | ARM Cortex-A78ベース | RISC-V SiFive U74ベース | 差分 |
|---|---|---|---|
| ISAライセンス初期費用 | $5M〜$10M(約7.5億〜15億円) | $0 | -$5M〜$10M |
| ロイヤリティ(年間100万チップ出荷時) | $1M〜$3M(約1.5億〜4.5億円) | $0 | -$1M〜$3M |
| 設計ツール・IP | $2M〜$5M | $1M〜$3M | -$1M〜$2M |
| ソフトウェア移植コスト | $0(既存エコシステム活用) | $2M〜$5M | +$2M〜$5M |
| 合計(初年度) | $8M〜$18M | $3M〜$8M | 50〜60%削減 |
まとめ——RISC-Vが再定義する半導体の世界秩序
米中チップ戦争は、単なる貿易摩擦を超え、半導体のアーキテクチャレベルでの覇権争いへと発展しています。RISC-Vというオープンスタンダードの存在は、米国の輸出規制戦略に構造的な限界があることを浮き彫りにすると同時に、半導体産業のパワーバランスを根本から変える可能性を秘めています。
日本の半導体関係者が今すぐ取り組むべきアクションステップは以下の通りです。
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RISC-Vの技術評価を社内で開始する: IoT・組込み分野のプロジェクトでRISC-Vの採用可能性を検討しましょう。ルネサス「RZ/Five」やSiFiveのデベロッパーボード(HiFive Unmatched)を使った技術検証は、低コストで始められます。RISC-V Internationalへの加入(Standard Member: 年間$35,000)も検討価値があります
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デュアルISA戦略を策定する: ARMとRISC-Vの両方をサポートするソフトウェア設計を心がけましょう。ハードウェア抽象化レイヤー(HAL)を適切に設計することで、将来のISA移行リスクを最小化できます。特にファームウェア・ドライバレベルでのRISC-V対応は早めに着手すべきです
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地政学リスクをサプライチェーン戦略に組み込む: 米中半導体規制はさらなる強化が予想されます。チップ調達先の多様化(TSMC一極集中からの脱却)、Rapidus等の国内製造拠点の活用、そしてRISC-Vのようなオープン技術の戦略的採用を、経営レベルの意思決定として位置づけましょう