RISC-Vが米中半導体戦争の渦中に——オープン標準の理想vs地政学の現実
累計出荷チップ数が130億個を超え、年間成長率40%以上で拡大を続けるRISC-V。ロイヤリティフリーのオープンな命令セットアーキテクチャ(ISA)として、IntelのX86やArmに次ぐ「第三の勢力」と呼ばれるまでに成長した。しかし2026年、そのオープン性が地政学の嵐に巻き込まれている。NPRが2026年3月11日に報じたところによると、米国議会がRISC-Vが中国の半導体イノベーションを加速させていないかを正式に調査しており、オープン標準の理想と国家安全保障の論理が真正面から衝突する事態となっている。
中国の半導体設計会社はRISC-Vの最大の採用者グループであり、Alibaba傘下のT-Headが開発した「Xuantie」シリーズは累計50億チップ以上が出荷されている。米国がx86やArm製品の対中輸出規制を強化するなか、ライセンスフリーのRISC-Vは「規制の網をすり抜ける唯一のアーキテクチャ」として中国で急速に存在感を高めている。
RISC-Vとは何か——命令セットアーキテクチャ(ISA)の基礎
RISC-Vを理解するには、まず**ISA(Instruction Set Architecture:命令セットアーキテクチャ)**という概念を押さえる必要がある。ISAとは、ソフトウェアがハードウェア(CPU)に指示を出すための「言語仕様」のようなものだ。PCに例えると、WindowsやLinuxがCPUに「足し算をしろ」「メモリからデータを読め」と命令する際の「文法」がISAにあたる。
x86とArmとの違い
現在の半導体市場は、主に2つのISAが支配している。
x86はIntelが1978年に設計し、AMDとの相互ライセンスのもとでPC・サーバ市場を独占してきた。CISC(Complex Instruction Set Computer)アーキテクチャに分類され、1つの命令で複雑な処理を実行できるのが特徴だ。ただし、ライセンスは極めて閉鎖的で、新規参入はほぼ不可能とされる。
Armは英Arm Holdings(ソフトバンクグループ傘下)が設計するRISC(Reduced Instruction Set Computer)ベースのアーキテクチャだ。スマートフォンの99%以上に搭載され、Apple Siliconの成功によりPC・サーバ市場にも進出している。ただし、Armのライセンス料はチップ単価の1〜2%と言われ、年間のロイヤリティ収入は約30億ドル(約4,500億円)に達する。
これに対しRISC-Vは、2010年にカリフォルニア大学バークレー校で生まれたオープンソースISAだ。最大の特徴は以下の3点にある。
- 完全オープン: 仕様はオンラインで無料公開され、誰でもダウンロードできる
- ロイヤリティフリー: どの企業がチップを設計・製造・販売してもライセンス料が発生しない
- モジュール設計: 基本命令セットに拡張機能を自由に追加でき、IoTからスパコンまで対応可能
以下の図は、x86・ARM・RISC-Vの3大チップアーキテクチャを、ライセンス形態・ロイヤリティ・主要用途・地政学的立場の観点で比較したものです。RISC-Vの「完全オープン・ロイヤリティフリー」という特性が、他の2つと根本的に異なることがわかります。
チップアーキテクチャ徹底比較
3大ISAの詳細を表で比較する。
| 項目 | x86 | ARM | RISC-V |
|---|---|---|---|
| 設計元 | Intel (1978年〜) | Arm Holdings (1985年〜) | UC Berkeley (2010年〜) |
| ライセンス | クローズド(Intel/AMDのみ) | 有償ライセンス | 完全オープン (BSD) |
| ロイヤリティ | 非公開(事実上参入不可) | チップ単価の1-2% | 無料 |
| ISA種別 | CISC | RISC | RISC |
| PC市場シェア | 約90% | 約10%(Apple Silicon等) | ほぼ0% |
| スマホ市場シェア | ほぼ0% | 99%以上 | 一部ウェアラブルで採用 |
| サーバ市場シェア | 約75% | 約20%(AWS Graviton等) | 実験段階 |
| IoT市場シェア | 約5% | 約65% | 約15%(急成長中) |
| 本拠地 | 米国 | 英国 (SB傘下) | スイス (中立) |
| 主要採用企業 | Intel, AMD | Apple, Qualcomm, Samsung | Alibaba, SiFive, ルネサス |
| 輸出規制の影響 | 対中規制対象 | 対中ライセンス制限あり | 規制が困難 |
| エコシステム成熟度 | 非常に高い | 高い | 発展途上 |
RISC-Vの弱点はエコシステムの未成熟さにある。x86にはWindowsやLinuxの長年の最適化があり、ArmにはAndroidやiOSの巨大なソフトウェア資産がある。一方、RISC-V向けのソフトウェアやツールチェーンはまだ発展途上で、特にハイパフォーマンスコンピューティング領域では実績が限られている。
米中対立の経緯——RISC-Vはなぜ焦点になったのか
米国の対中半導体規制の時系列
米中半導体対立は、2018年のHuaweiへの制裁から本格化した。以下の流れで規制は段階的に強化されてきた。
- 2018年: 米商務省がHuaweiをエンティティリストに追加。米国製半導体・ソフトウェアの輸出を禁止
- 2020年: TSMCなど第三国のファウンドリにもHuawei向けチップ製造を禁止する「外国直接製品規則(FDPR)」を適用
- 2022年10月: バイデン政権が先端半導体(14nm以下のロジック、128層以上のNAND等)の対中輸出を全面規制
- 2023年: Nvidiaの対中向け高性能GPU(A100、H100等)の輸出を段階的に禁止
- 2024年: AIチップの対中規制をさらに拡大。中国への先端半導体製造装置の輸出も制限
- 2025年: Armが中国企業への最新ISAライセンス供給を一部制限
これらの規制により、中国の半導体企業はx86やArmベースの最先端チップへのアクセスが著しく制限された。そこで浮上したのがRISC-Vだ。
なぜRISC-Vは規制できないのか
RISC-Vの仕様(ISA)はオンラインで無料公開されている技術標準であり、物理的な製品でも、特定企業のソフトウェアでもない。これは米国の輸出規制(EAR: Export Administration Regulations)が対象とする「技術(technology)」や「ソフトウェア(software)」の定義に明確に当てはまらない。
米国政府がRISC-Vの仕様公開を禁止しようとすれば、憲法修正第1条(言論の自由)との衝突が避けられない。学術論文や公開された技術仕様を規制することは、米国の法制度上極めて困難だ。実際、1990年代の「暗号戦争」でもPGP暗号のソースコードが書籍として出版され、輸出規制を回避した前例がある。
NPRの報道によると、米議会の一部議員はRISC-V関連の技術協力に制限をかける法案を検討しているが、RISC-V Internationalのメンバー企業にはGoogleやQualcommなど米国の大手テック企業も多数含まれており、規制は自国産業にもダメージを与えるジレンマを抱えている。
RISC-V Internationalのスイス移転——その意味
RISC-V Internationalは、もともと米国に法的登記されていた。しかし2020年、米中対立の激化を受けて法人登記をスイスに移転するという異例の決断を下した。
なぜスイスなのか
スイスが選ばれた理由は複数ある。
- 政治的中立性: スイスは永世中立国として200年以上の歴史があり、NATOにも加盟していない
- 米国法の管轄外: スイス法人であれば、米国のEAR(輸出管理規則)の直接的な適用を受けない
- 国際標準化の実績: ISO、ITU、CERNなど、多くの国際機関がスイスに本部を置いている
- 先例: Linux FoundationやW3Cなどのオープンソース団体も、国際的な中立性を意識した組織運営を行っている
このスイス移転は、RISC-V International自身が「どの国の地政学的圧力にも屈しない」という強いメッセージを発したものだ。しかし同時に、米国からは「中国に利するための逃避行為だ」との批判も受けている。
RISC-V InternationalのCEO、Calista Redmond氏はNPRの取材に対し、「我々はどの国のためにもなく、オープンなイノベーションのために存在する。RISC-Vを特定の国が独占しようとすること自体が、オープン標準の精神に反する」と述べている。
各国のRISC-V戦略
以下の図は、RISC-V採用をめぐる各国の思惑と地政学的な力関係を示したフロー図です。中央のRISC-V Internationalから各国へ仕様が供給される一方、米中間の輸出規制・技術覇権争いがオープン標準の理念に影を落としている構図が見て取れます。
中国——「脱米国依存」の切り札
中国にとってRISC-Vは、米国の半導体規制を回避するための戦略的な柱だ。中国政府は「第14次五カ年計画(2021-2025年)」でRISC-Vを重点技術に指定し、数千億円規模の補助金を投入してきた。
主要プレイヤーは以下の通り。
- Alibaba T-Head(平頭哥): Xuantieシリーズで累計50億チップ以上を出荷。サーバ向けのXuantie C910は128ビットベクトル拡張に対応
- 中国科学院(CAS): 香山プロジェクトでRISC-Vベースの高性能プロセッサを開発中
- StarFive: RISC-V搭載のシングルボードコンピュータ「VisionFive 2」を世界中に出荷
- Spacemit: 2025年にRISC-Vベースのラップトップ向けSoCを発表
ただし、NPRの報道が指摘するように、中国のRISC-V企業の多くはまだ未成熟で、政府補助金に依存している企業も少なくない。投資資金が尽きれば消えていく企業も出てくると予想されている。エコシステムとしての持続可能性はまだ証明されていない。
米国——イノベーションの恩恵とセキュリティの板挟み
米国のRISC-V事情は複雑だ。
推進派にはGoogleやQualcomm、Western Digitalといった巨大企業が名を連ねる。Googleは自社のデータセンターやTensorチップの一部にRISC-Vコアを採用しており、Qualcommは2024年にRISC-Vベースのウェアラブル向けチップを発表した。SiFiveやVentana Microsystemsといった米国のスタートアップもRISC-Vの商用化を推進している。
一方、規制派は主に米議会の安全保障関連委員会に集中している。彼らの主張は「米国の技術者が標準化に貢献したRISC-Vの知見が、中国の軍事技術に転用されるリスクがある」というものだ。2025年には、下院中国特別委員会がRISC-V関連の技術協力の実態調査を命じている。
EU——「デジタル主権」への布石
EUはRISC-Vを米国のテクノロジー支配から脱却する手段として位置づけている。European Processor Initiative(EPI)は、RISC-Vベースの欧州独自プロセッサ開発に約4億ユーロ(約660億円)を投じている。
EPI傘下のSiPearl社は、欧州のエクサスケールスーパーコンピュータ向けにRISC-Vベースのアクセラレータを開発中だ。Armベースの「Jupiter」プロセッサをメインCPUとし、RISC-Vのカスタムコアを特定ワークロード向けに組み合わせるハイブリッドアプローチを採用している。
インド——国産チップの夢
インドはRISC-Vに最も積極的な新興国の一つだ。インド工科大学マドラス校(IIT Madras)が主導するShaktiプロジェクトは、RISC-Vベースの国産プロセッサをテープアウト(試作完了)しており、IoTデバイスや政府システムへの搭載を目指している。
インド政府は「Make in India」政策の一環として、RISC-V関連の研究開発に5年間で約2,000億円の投資を計画している。Armライセンスへの依存を減らし、半導体設計の自立を達成するという国家目標に、RISC-Vは完全に合致している。
日本視点——ルネサス・NSITEXE・車載領域での可能性
日本のRISC-V戦略は、車載・IoT領域への実用的な採用に焦点を当てている。大規模な国家プロジェクトとしては動いていないが、個別企業の取り組みは着実に進んでいる。
ルネサスエレクトロニクス
日本の車載半導体最大手であるルネサスエレクトロニクスは、RISC-V Internationalの設立メンバーの一つだ。2024年には、RISC-Vコアを搭載したマイクロコントローラ「RA8/RA6」シリーズのロードマップを公開している。車載制御(ボディ制御、インフォテインメント補助)や産業機器制御向けを想定しており、独自のArmコア搭載製品との共存路線を取っている。
ルネサスにとってRISC-Vの魅力は、Armへのライセンス費用の削減とカスタマイズの自由度にある。車載半導体は10年以上の長期供給が求められるため、Armのライセンス条件変更リスクを分散できるRISC-Vは保険としても有効だ。
NSITEXE(デンソーグループ)
デンソーの子会社NSITEXEは、自動運転向けのRISC-Vベースプロセッサ「DR1000C」の開発を進めてきた。車載向けの機能安全(ISO 26262)に対応したRISC-Vプロセッサとして、世界的にも先駆的な取り組みだ。
SoC設計のトレンド
日本の半導体設計業界では、以下の理由からRISC-Vへの関心が高まっている。
- Armライセンス費の高騰: Armの2023年IPO以降、ライセンス料の引き上げ観測が広がっている
- 車載のオープン化: AUTOSAR ClassicからAdaptiveへの移行に伴い、プロセッサの選択肢を広げたいOEMが増加
- 経済安全保障推進法: 日本政府が「特定重要技術」の国産化を推進するなか、ライセンスフリーのRISC-Vは政策的にも合致する
- Rapidusとの接点: 北海道千歳に建設中のRapidusファブが稼働すれば、日本国内でRISC-Vチップを製造する道も開ける
ただし、日本のRISC-Vエコシステムはまだ規模が小さい。中国やインドと比較すると、RISC-Vに特化したスタートアップの数も限られており、人材育成が今後の課題となる。大学・高専レベルでのRISC-V教育プログラムの拡充が求められている。
オープン標準と国家安全保障は両立できるか
RISC-Vをめぐる米中対立は、テクノロジーの歴史における根本的な問いを突きつけている。それは「オープンなイノベーションと国家安全保障は両立できるのか」という問題だ。
テクノロジー保護主義のリスク
米国がRISC-Vへの関与を制限すれば、以下のリスクが生じる。
- 米国企業のイノベーション力低下: Google、Qualcomm、SiFiveなどがRISC-V標準化に貢献できなくなれば、標準の方向性を中国主導で決められる可能性がある
- 技術者の流出: RISC-V研究者がより自由な環境を求めて欧州やアジアに移る可能性
- オープンソース全体への萎縮効果: 「技術を公開したら規制される」という前例ができれば、米国発のオープンソースプロジェクト全体に悪影響
中国の「独自路線」リスク
一方で、RISC-Vが中国の軍事技術に転用される可能性を完全に否定することもできない。米国の安全保障コミュニティが警戒するのは、中国がRISC-Vベースで独自のAIアクセラレータや軍用プロセッサを開発し、米国の規制を実質的に無力化するシナリオだ。
ただし、ISAはチップ設計の「設計図の一部」に過ぎない。実際に高性能チップを製造するには、EDA(電子設計自動化)ツール、先端プロセスのファウンドリアクセス、パッケージング技術など、ISA以外の多くの要素が必要だ。これらの多くは依然として米国と同盟国が支配しており、ISAだけを規制しても効果は限定的という見方が専門家の間では支配的だ。
まとめ——エンジニア・企業が今取るべきアクション
RISC-Vをめぐる地政学的な不確実性は今後も続くが、技術的なトレンドとしてのRISC-Vの成長は不可逆的だ。以下のアクションステップを提案する。
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RISC-Vの基礎を学ぶ: オープンソースの教育リソース(RISC-V Internationalの公式スペック、Patterson & Hennessy著「Computer Organization and Design RISC-V Edition」等)で命令セットの基本を理解する。今後IoT・エッジ領域でRISC-Vスキルの需要は確実に高まる
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エコシステムの動向を追う: RISC-V SummitやEmbedded Worldなどのカンファレンス情報をウォッチし、主要ベンダー(SiFive、Andes Technology、ルネサス等)の製品ロードマップを把握する
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自社製品への適用可能性を評価する: 特にIoT、エッジAI、車載コントローラ領域では、Armの代替としてRISC-Vが現実的な選択肢になりつつある。ライセンスコストの削減効果を試算し、PoC(概念実証)プロジェクトを検討する
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地政学リスクを分散する: x86やArmへの一極依存を避け、RISC-Vを「第三のオプション」として設計に組み込むことで、将来の規制変更やライセンス条件変更への耐性を高める
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政策動向を注視する: 米議会のRISC-V規制法案の行方、日本の経済安全保障推進法の具体的な施策、EUのChips Actの進捗など、政策変更が自社の半導体調達に与える影響を定期的に評価する
RISC-Vは「オープン標準によって誰もが半導体設計に参入できる世界」を目指して生まれた。その理想は今、地政学という現実に試されている。しかし、インターネットのTCP/IPやLinuxがそうであったように、一度広まったオープン標準を特定の国が独占・規制することは極めて困難だ。RISC-Vの未来を決めるのは、政治家ではなく、実際にチップを設計するエンジニアたちの選択だろう。