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NvidiaとAMDが競合同士で共同出資——Ayar Labsの光チップに$500M

$500M(約750億円)、評価額$3.8B(約5,700億円) ── MIT発のスタートアップ Ayar Labs が、シリコンフォトニクスという技術ひとつで半導体業界の巨人たちから桁違いの資金を引き出した。しかも今回のSeries Eラウンドを共同でリードしたのは、GPU市場で熾烈な競争を繰り広げる NvidiaとAMD だ。通常は同じスタートアップに共同出資することなどあり得ない2社が手を組んだという事実が、この技術の重要性を何よりも雄弁に物語っている。

AIデータセンターの計算能力は指数関数的に増大しているが、チップ同士をつなぐ「配線」が銅のままではデータの流れが追いつかない。このボトルネックを光の力で一気に解消するのが Ayar Labs のシリコンフォトニクス技術だ。本記事では、同社の技術の仕組み、資金調達の背景、そして日本の半導体・光通信企業にとってのビジネスチャンスを徹底解説する。

Ayar Labs とは何か

Ayar Labs は2015年にMIT、コロラド大学ボルダー校、カリフォルニア大学バークレー校の研究者たちによって設立されたファブレス半導体企業だ。本社はカリフォルニア州サンノゼに置かれている。

同社が手がけるのは シリコンフォトニクス(Silicon Photonics) と呼ばれる技術で、従来の銅配線による電気信号の代わりに「光」を使ってチップ間のデータ通信を行う。具体的には、以下の2つのコアプロダクトを開発している。

プロダクト役割特徴
TeraPHY™光I/Oチップレット既存のプロセッサパッケージに統合可能な光送受信チップ。マルチTbpsの帯域幅を実現
SuperNova™光源モジュール複数波長のレーザー光を供給するモジュール。TeraPHYと組み合わせて使用

創業以来、同社は段階的に資金を調達してきた。2022年のSeries Cで$130M、2024年のSeries Dで$155Mを集め、そして今回の2026年Series Eで一気に$500Mという大型ラウンドを完了した。累計調達額は$1B(約1,500億円)を超える規模に達している。

シリコンフォトニクスの仕組み ── なぜ「光」なのか

銅配線の限界

現在のデータセンターでは、チップ間の通信に銅の電気配線が使われている。しかしAIモデルの巨大化に伴い、数千〜数万個のGPUを同時に連携させる必要が出てきた。銅配線にはいくつかの物理的な限界がある。

  • 帯域幅の天井: 銅配線は1レーンあたり最大約112 Gbpsが実用上の上限。AI学習に必要なデータ転送量には到底足りない
  • 距離による信号劣化: 銅配線では約1メートルを超えると信号が急激に劣化する。これはラック間通信の大きな制約となる
  • 消費電力と発熱: 高速な電気信号は大量の電力を消費し、熱を発生させる。冷却コストがデータセンターの運用費を押し上げている

光による解決

シリコンフォトニクスは、シリコンウェハー上に光導波路(光の通り道)やレーザー、光検出器を集積する技術だ。電気信号を光信号に変換してデータを送り、受信側で再び電気信号に戻す。

光を使うメリットは明確だ。

  1. 圧倒的な帯域幅: 1ポートあたり1 Tbps以上の通信が可能。銅配線の約10倍
  2. 距離に強い: 数十メートルから数キロメートルでも信号劣化がほとんどない
  3. 省エネ: 同じデータ量を送る場合、消費電力は銅配線の約1/5
  4. 帯域密度: 同じ物理スペースでより多くのデータを流せる

以下の図は、従来の銅配線方式とAyar Labsのシリコンフォトニクス方式を比較したものだ。

銅配線と光インターコネクトの性能比較図。帯域幅・消費電力・距離・帯域密度の4項目でシリコンフォトニクスが優位

この図が示すように、AIクラスタの大規模化においてシリコンフォトニクスは銅配線に対して全方位的な優位性を持っている。Ayar Labs の TeraPHY チップレットは、既存のプロセッサパッケージにそのまま統合できる点が最大の強みだ。GPU メーカーは自社チップの設計を大幅に変更することなく、光インターコネクトの恩恵を受けられる。

従来の銅配線 vs シリコンフォトニクス 比較表

比較項目銅配線(従来方式)シリコンフォトニクス(Ayar Labs)
帯域幅(1ポートあたり)~112 Gbps/レーン1 Tbps以上/ポート
通信距離~1m(信号劣化あり)数十m〜数km(劣化なし)
消費電力効率基準値(1x)約5倍効率的(0.2x)
帯域密度基準値(1x)10倍以上
製造プロセス既存CMOS互換既存CMOS互換(Ayar Labs方式)
チップ統合標準的チップレットとして統合可能
導入コスト低い現時点ではやや高い(量産で低減見込み)
主な課題物理的限界に到達しつつある量産スケール、レーザー光源の安定性

$500M 調達の背景 ── なぜ NvidiaとAMDが共同出資したのか

半導体業界で最も注目すべきは、NvidiaとAMDが同じラウンドを共同リードしたという事実だ。この2社はGPU市場で直接競合しており、データセンター向けAIアクセラレータでも激しいシェア争いを展開している。

以下の図は、今回の資金調達の全体像を示している。

Ayar Labs $500M 資金調達の全体像。Nvidia・AMD共同リード、プロダクト構成、創業からのタイムライン

この図が示すように、Ayar Labs は創業から約10年で累計$1B超を調達し、シリコンフォトニクス分野のリーディングカンパニーとしての地位を確立した。

競合2社が手を組む理由

NvidiaもAMDも、自社のGPUやアクセラレータの性能を最大限に引き出すためには、チップ間通信のボトルネックを解消する必要がある。光インターコネクトは両社にとって「自社チップの価値を高める共通基盤技術」であり、どちらか一方だけが独占するよりも、業界標準として普及させた方が双方にとって利益が大きい。

具体的には以下の戦略的メリットがある。

  • Nvidiaにとって: NVLinkやNVSwitchに光インターコネクトを統合することで、GPUクラスタの規模を飛躍的に拡大できる。次世代のBlackwellやRubinアーキテクチャでの採用が見込まれる
  • AMDにとって: Infinity Fabricの帯域幅を光で強化し、NvidiaのGPUクラスタに対抗できるスケーラビリティを実現できる。MI300シリーズ以降のアクセラレータで差別化要因になる

その他の投資家

BlackRock、Wellington Management、Fidelity Management & Research、HPE(Hewlett Packard Enterprise)など、大手機関投資家も本ラウンドに参加している。これはAyar Labsの技術が「研究段階」を超えて「量産・商用化」フェーズに入ったと市場が判断していることの証左だ。

シリコンフォトニクス市場の競争環境

Ayar Labs だけがこの分野に取り組んでいるわけではない。主要なプレイヤーを比較してみよう。

企業本拠アプローチ主な出資者/パートナー特徴
Ayar Labs米国(サンノゼ)チップレット型光I/ONvidia, AMD, BlackRock既存パッケージへの統合が容易
Lightmatter米国(ボストン)光コンピューティング+光インターコネクトGV, HPE, Viking光で演算まで行う独自路線
Celestial AI米国Photonic Fabric™大手VC各社メモリ-コンピュート間の光接続に注力
Intel(Silicon Photonics部門)米国自社プラットフォーム統合自社開発世界最大のシリコンフォトニクス出荷量
TSMC(CoWoS-L)台湾アドバンストパッケージング自社開発光チップレットの実装基盤を提供
日本電信電話(NTT)日本IOWN / 光電融合技術自社 + パートナー光ネットワーク全体の低消費電力化

市場調査会社によると、シリコンフォトニクスの市場規模は2025年の約$15Bから、2030年には$40B以上に成長すると予測されている。AI需要が最大の成長ドライバーだ。

AIデータセンターが直面するインターコネクト危機

なぜ今、光インターコネクトにこれほどの資金が集まるのか。その背景にはAIデータセンターが直面する深刻な「帯域幅危機」がある。

GPUの計算能力 vs 通信帯域のギャップ

NvidiaのGPUは世代ごとに演算性能が2〜3倍に向上している。しかしチップ間の通信帯域は、銅配線の物理的制約により年間20〜30%程度しか改善できない。このギャップは年々拡大しており、GPUが高速に計算しても、隣のGPUとデータをやり取りする部分がボトルネックになって全体の処理効率が落ちるという状況が起きている。

大規模AI学習の現実

GPT-4クラスの大規模言語モデルを学習するには、数千〜数万個のGPUを同時に動かす必要がある。これらのGPUは常に互いにパラメータ(勾配)を共有しながら学習を進めるため、チップ間通信の帯域幅が学習速度に直結する。

例えば、10万個のGPUクラスタで大規模モデルを学習する場合、銅配線ではラック間通信のレイテンシ(遅延)と帯域不足により、GPUの稼働率が50%以下に落ちることもある。これは実質的に、高価なGPUの半分以上がデータ待ちでアイドル状態になっていることを意味する。

光インターコネクトなら、ラック間でも低遅延・広帯域の通信が可能になり、GPU稼働率を80〜90%以上に引き上げられる。AWSGoogle Cloud といった大手クラウドプロバイダーは、この効率改善に年間数十億ドル規模のコスト削減効果を見込んでいる。

電力消費の問題

データセンターの消費電力は2025年時点で世界全体の電力消費の約2〜3%を占めると推計されている。そのうちインターコネクト(チップ間通信)が占める割合は30〜40%にもなる。光インターコネクトへの移行により、この部分の消費電力を大幅に削減できれば、データセンターの環境負荷軽減にも直結する。

日本企業へのインパクト ── 光通信大国の逆襲なるか

今回のAyar Labsの大型調達は、日本の半導体・光通信企業にとっても大きなシグナルだ。実は日本には、シリコンフォトニクスの商用化において世界をリードできるポテンシャルを持つ企業が複数存在する。

NTTの「IOWN構想」

NTTが推進する IOWN(Innovative Optical and Wireless Network) 構想は、ネットワーク全体を光ベースに再構築するという壮大なビジョンだ。その中核技術である「光電融合デバイス」は、Ayar Labsのアプローチと方向性が重なる部分が多い。NTTは2030年までにIOWNの実用化を目指しており、Ayar Labsの成功は日本の光電融合技術への投資機運を高める追い風になるだろう。

日本企業のビジネスチャンス

分野日本の主要企業チャンスの内容
光部品住友電工、古河電工、フジクラ光ファイバー・コネクタの需要急増
レーザー光源浜松ホトニクス、三菱電機シリコンフォトニクス用レーザーの供給
半導体製造装置東京エレクトロン、レーザーテックフォトニクスチップの検査・製造装置
通信機器NEC、富士通データセンター向け光通信機器
素材信越化学、SUMCO高品質シリコンウェハーの供給
パッケージングイビデン、新光電気光チップレット実装基板

課題と提言

日本企業が光インターコネクト市場で存在感を発揮するためには、いくつかの課題がある。

  1. スピード: 米国のスタートアップに比べて意思決定が遅い。Ayar Labsは10年で$1B超を調達し技術を商用化の手前まで持ってきたが、日本の類似プロジェクトはまだ研究開発フェーズにとどまることが多い
  2. エコシステム: シリコンフォトニクスは、チップ設計、製造、パッケージング、テストのすべてで新しいサプライチェーンが必要。日本の企業は個々の技術力は高いが、エコシステムとしての統合が弱い
  3. 人材: 光とエレクトロニクスの両方を理解できるエンジニアが世界的に不足している。日本の大学・研究機関はこの分野で優れた基礎研究力を持つが、産業界との人材の行き来がまだ限定的だ

NTTのIOWN構想が国内のシリコンフォトニクスエコシステムの核となり、部品メーカー、装置メーカー、素材メーカーが連携する形が理想的なシナリオだ。Ayar Labsの成功事例は、日本のステークホルダーが参考にすべきモデルケースと言える。

AIインフラ投資のトレンドにおける位置づけ

Ayar Labsの$500M調達は、2026年のAIインフラ投資ブームの中でも際立つ存在だ。2026年に入ってからの主要な半導体・AIインフラ関連の資金調達を見てみよう。

企業調達額分野リード投資家
Ayar Labs$500MシリコンフォトニクスNvidia, AMD
MatX$190MAIチップ(元Google TPUチーム)General Catalyst
Cerebras Systems$250MウェハースケールAIチップ複数
Groq$640MLPU(推論特化チップ)BlackRock

注目すべきは、これらの企業がすべて「Nvidia以外のAIインフラ」を構築しようとしている点だ。ただし Ayar Labs は特殊で、Nvidia自身が出資しているところが他社と大きく異なる。Ayar Labsの技術はNvidiaを脅かすものではなく、Nvidiaのプラットフォームを強化するものだからだ。

今後の展望 ── 2027年の量産化がカギ

Ayar Labs は今回調達した$500Mを、以下の用途に投じると見られている。

  1. 量産体制の構築: GlobalFoundriesとの製造パートナーシップを通じて、TeraPHYチップレットの量産を2027年に開始する計画
  2. 次世代製品の開発: より高帯域・低消費電力の次世代光I/Oチップレットの研究開発
  3. 顧客向けの技術サポート: GPU/CPUメーカーが自社製品にTeraPHYを統合するためのデザインキットや技術支援体制の拡充

光インターコネクトがAIデータセンターの標準技術になるかどうかは、2027〜2028年の量産開始とその後の採用実績にかかっている。NvidiaとAMDという最大の潜在顧客が株主になったことで、採用のハードルは大きく下がったと見てよいだろう。

まとめ ── エンジニア・投資家が取るべきアクション

Ayar Labs の$500M調達は、AIインフラの「次の主戦場」が演算チップそのものではなく、チップ間の通信インフラに移りつつあることを示している。NvidiaとAMDが競合の垣根を越えて共同出資したという事実が、この技術の戦略的重要性を裏付けている。

今後のアクションステップ:

  1. エンジニア: シリコンフォトニクスの基礎を学んでおこう。光導波路、フォトディテクター、変調器といった要素技術の理解は、今後のデータセンター設計において必須知識になる。AWSGoogle Cloud の光インターコネクト関連のホワイトペーパーも参考になる
  2. 投資家: シリコンフォトニクスのサプライチェーン全体に目を向けよう。Ayar Labs本体だけでなく、光部品メーカー(住友電工、古河電工)、半導体製造装置メーカー(東京エレクトロン)、素材メーカー(信越化学)など、日本企業にも投資機会がある
  3. 事業開発担当者: 自社のデータセンター戦略に光インターコネクトのロードマップを組み込もう。2027〜2028年の量産開始に合わせて、技術評価や概念実証(PoC)を今から始めておくことが先行者利益につながる

AIの進化を支えるインフラは、GPUだけでは完結しない。チップとチップをつなぐ「光の高速道路」を制する者が、次世代のAIインフラの覇者になる。

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