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イタリア発Wearable Robotics、リハビリ用エクソスケルトンで約8億円調達

イタリアのロボティクススタートアップWearable Roboticsが、500万ユーロ(約8億円)のSeries A資金調達を完了した。同社の主力製品「ALEX RS」は、脳卒中や脊髄損傷の患者向けに設計されたリハビリテーション用エクソスケルトン(外骨格ロボット)で、人間の上半身の可動域の92%をカバーする業界最高水準の機能を持つ。

現在、ALEX RSは20カ国、50以上の医療施設に導入されており、今回の資金調達により欧州・アジアでの展開を加速させる。AR(拡張現実)やVR(仮想現実)との統合による次世代リハビリテーションプラットフォームの開発も進めている。

超高齢社会の日本にとって、リハビリロボティクスの進化は社会的にも経済的にも極めて重要なテーマだ。本記事では、Wearable Roboticsの技術的特徴から、日本市場への示唆まで詳しく解説する。

Wearable Roboticsとは

Wearable Roboticsは2014年にイタリア・ピサで設立されたロボティクススタートアップだ。創業者のニコラ・ヴィティエッロ(Nicola Vitiello)博士は、ピサにある聖アンナ高等師範学校(Scuola Superiore Sant'Anna)のバイオロボティクス研究所で10年以上にわたりエクソスケルトンの研究に携わってきた人物だ。

同研究所は、欧州のロボティクス研究の最高峰の一つとして知られ、Wearable Roboticsの技術はこの学術的蓄積の上に構築されている。

500万ユーロ Series Aの詳細

今回のSeries Aラウンドは、イタリアのベンチャーキャピタルCDP Venture Capitalがリードし、既存投資家のProgetto Marzotto、EUREKA! Venture SGRが参加した。

資金の使途は以下の通りだ。

  • 40%: ALEX RSの量産体制構築と製造コスト削減
  • 30%: AR/VR統合プラットフォームの研究開発
  • 20%: アジア市場(日本・韓国・中国)への進出準備
  • 10%: 規制対応(FDA認証取得に向けた臨床試験)

Wearable Roboticsはこれまでにシード・プレシリーズAを含む累計**約800万ユーロ(約13億円)**の資金を調達している。欧州のリハビリロボティクス企業としてはまだ小規模だが、技術的な先進性と臨床実績の豊富さで投資家の注目を集めている。

ALEX RSの技術的特徴

92%可動域カバーの意味

ALEX RSが「上半身の可動域92%をカバー」すると言うのは、人間の肩・肘・手首の関節が実現できる全運動パターンのうち、92%を再現・支援できることを意味する。

一般的なリハビリ用エクソスケルトンは、特定の関節(例えば肘の屈伸のみ)に特化した設計が多く、可動域カバー率は40〜60%程度にとどまる。ALEX RSはこの制約を大幅に克服している。

この高い可動域を実現するのは、以下の技術要素だ。

7自由度アクチュエータシステム: ALEX RSは片腕あたり7つの駆動軸(自由度)を持つ。人間の腕は肩3自由度、肘1自由度、前腕1自由度、手首2自由度の計7自由度で構成されており、ALEX RSはこの全てに対応している。

バックドライバブルモーター: ALEX RSに搭載されているモーターは「バックドライバブル(逆駆動可能)」設計だ。これは、患者がモーターの力に逆らって自分の力で動かせることを意味する。リハビリにおいて、患者自身の随意運動を促すことは回復に不可欠であり、単純にロボットが動かすだけでは効果が限定的だ。

トルクセンサーによる意図推定: 各関節にはトルクセンサーが搭載されており、患者が動かそうとする意図(微細な力の入り方)をリアルタイムで検出する。患者の意図に合わせてアシスト量を動的に調整する「アシスト・アズ・ニーデッド(Assist-as-Needed)」制御が可能だ。

ALEX RSエクソスケルトンの技術構成と可動域カバー範囲

この図は、ALEX RSの技術構成要素と、従来型エクソスケルトンとの可動域カバー率の比較を示しています。

AR/VR統合リハビリプラットフォーム

Wearable Roboticsが次世代プラットフォームとして開発を進めているのが、AR/VRとエクソスケルトンを統合した「ALEX Immersive」だ。

従来のリハビリテーションは「リーチング(物に手を伸ばす)」や「グリッピング(物を掴む)」といった単調な反復運動が中心で、患者のモチベーション維持が大きな課題だった。ALEX Immersiveでは、VRヘッドセットを装着した患者がバーチャル環境で料理をしたり、楽器を演奏したりする「タスク指向型リハビリ」を実現する。

このアプローチの臨床的根拠は、ニューロプラスティシティ(神経可塑性)の研究に基づいている。脳卒中後の脳は、意味のある目標を持つ運動の方が、単純な反復運動よりも効率的に神経回路を再構築できることが複数の研究で示されている。

イタリア・ジェノバの臨床試験では、ALEX Immersiveを使用した患者群は、従来のリハビリのみの患者群と比較して、上肢機能の回復速度が平均35%向上したと報告されている。

CE認証と規制対応

ALEX RSは欧州のCE認証(Medical Device Regulation, MDR 2017/745準拠)を取得済みだ。これにより、EU加盟国27カ国で医療機器として販売・使用が可能となっている。

米国市場参入に向けては、FDA(食品医薬品局)のDe Novo分類による認証を目指しており、2027年前半の取得を見込んでいる。FDA認証が取得できれば、米国の約6,000のリハビリテーション施設が潜在顧客となる。

導入実績——20カ国50施設

ALEX RSの導入実績は着実に拡大している。主な導入先は以下の通りだ。

欧州(35施設)

  • イタリア: Fondazione Don Gnocchi(ミラノ)、San Raffaele病院
  • ドイツ: Universitaetsklinikum Heidelberg
  • スイス: ETH Zurich Rehabilitation Engineering Lab
  • スペイン: Hospital Nacional de Paraplejicos

中東・アフリカ(10施設)

  • UAE: Cleveland Clinic Abu Dhabi
  • サウジアラビア: King Faisal Specialist Hospital

アジア太平洋(5施設)

  • 韓国: Samsung Medical Center
  • シンガポール: Changi General Hospital

導入施設からのフィードバックによると、ALEX RSの主な利点は以下の3点に集約される。

  1. 治療効果: 上肢機能の回復において、従来の手動リハビリと比較して有意な改善
  2. セラピストの負担軽減: 物理的にアシストする必要がなくなり、セラピストはモニタリングと介入に集中できる
  3. データ駆動型リハビリ: 各セッションの運動データが自動記録され、回復の進捗を客観的に評価可能

リハビリ用エクソスケルトン市場の全体像

グローバルのリハビリ用エクソスケルトン市場は、2025年時点で**約8億ドル(約1,200億円)と推定されており、2030年には約25億ドル(約3,750億円)**に成長すると予測されている(CAGR 25.6%)。

この急成長を牽引する要因は3つある。

  1. 高齢化の進行: 世界的な高齢化により、脳卒中やパーキンソン病の患者数が増加
  2. 技術の成熟: バッテリー技術、モーター技術、センサー技術の進歩によりデバイスの実用性が向上
  3. 医療費削減圧力: リハビリロボットの導入により、長期入院日数の短縮と医療費削減が期待される

主要プレイヤー比較

項目Wearable Robotics ALEX RSCYBERDYNE HALEkso Bionics EksoNRHocoma Armeo
本社所在地イタリア・ピサ日本・つくば米国・サンラファエルスイス・チューリッヒ
対象部位上半身(肩・肘・手首)下半身(歩行)/ 上半身下半身(歩行)上半身(肩・肘)
可動域カバー92%非公開非該当(歩行特化)約60%
自由度7DOF/片腕2DOF/脚4DOF3DOF
制御方式トルクセンサー+意図推定生体電位信号(BES)力センサースプリングアシスト
AR/VR統合あり(開発中)なしなしあり
CE認証ありありありあり
FDA認証申請中ありありあり
価格(推定)約15万ユーロ(約2,400万円)非公開(レンタル中心)約$150,000(約2,250万円)約$100,000(約1,500万円)
導入施設数50+200+500+800+

CYBERDYNE HALとの比較——日本の先行者

日本が世界に誇るリハビリロボティクス企業がCYBERDYNE(サイバーダイン)だ。筑波大学の山海嘉之教授が開発したHAL(Hybrid Assistive Limb)は、世界初の装着型サイボーグとして2013年に欧州で医療機器認証を取得し、日本でも2015年に保険適用が認められた。

HALとALEX RSの最大の違いは制御方式にある。

HALの生体電位信号(BES)制御: HALは患者の皮膚表面から漏れ出る微弱な生体電位信号(脳から筋肉への指令信号)を検出し、その信号に基づいてモーターを駆動する。この方式のメリットは、患者の意図をより直接的に反映できる点だ。デメリットは、信号が微弱であるため、重度の麻痺患者では信号の検出自体が困難になることがある。

ALEX RSのトルクセンサー制御: ALEX RSは関節に加わる力(トルク)を検出して制御する。生体電位信号が十分に得られない重度の患者でも使用可能だが、患者の「意図」の検出精度ではHALに劣る面がある。

両者は競合というよりも、対象患者や適応疾患によって棲み分けが可能だ。HALは「意図を持って動かそうとする」段階のリハビリに適しており、ALEX RSは「まだ意図的な運動が困難な」急性期のリハビリや、上半身の複雑な動作訓練に適している。

リハビリ用エクソスケルトン市場の成長予測と主要プレイヤーのポジション

この図は、リハビリ用エクソスケルトン市場の成長予測と、各メーカーのポジショニングを示しています。

日本の高齢化社会とリハビリロボット需要

日本は世界で最も高齢化が進んだ国であり、リハビリロボットの潜在需要は極めて大きい。

脳卒中患者の現状

日本脳卒中学会の統計によると、日本では年間約29万人が脳卒中を発症し、そのうち約**60%(17万人)**が後遺症として上肢機能障害を抱える。リハビリテーションの質と量が回復に大きく影響するが、理学療法士・作業療法士の不足により、十分なリハビリが提供できていない地域も多い。

リハビリロボットの保険適用

日本は世界でも珍しく、リハビリロボットの一部が公的医療保険の適用対象になっている。CYBERDYNEのHALは2015年に「HAL医療用下肢タイプ」が保険適用され、筋萎縮性側索硬化症(ALS)など8疾患が対象となっている。

しかし、上肢用リハビリロボットの保険適用はまだ実現していない。これが日本市場への参入障壁であると同時に、保険適用が実現すれば爆発的に市場が拡大するポテンシャルを持っている。

介護人材不足との関連

厚生労働省の推計では、2040年には介護人材が約69万人不足する見込みだ。リハビリロボットは、セラピスト1人あたりが対応できる患者数を増やすことで、この人材不足の一部を緩和する効果が期待されている。

Wearable Roboticsのようなエクソスケルトンが日本に導入されれば、以下のようなシナリオが考えられる。

急性期病院: 脳卒中発症後の早期リハビリにALEX RSを導入し、回復速度を向上させることで平均入院日数を短縮。医療費削減効果が見込める。

回復期リハビリテーション病院: セラピストがALEX RSを活用することで、1人あたりの担当患者数を増やせる。ロボットが物理的なアシストを担当し、セラピストは評価・計画立案に集中する分業体制が実現する。

在宅リハビリ: 将来的に小型化・低価格化が進めば、在宅でのリハビリにも活用できる可能性がある。訪問リハビリの頻度を補完する形で、自主トレーニングの質を向上させる。

エクソスケルトン技術の将来展望

リハビリ用エクソスケルトンは、今後10年で大きく進化すると予想される。

ソフトエクソスケルトン

現在の剛体型エクソスケルトンに代わり、柔軟な素材で作られた「ソフトエクソスケルトン」の研究が進んでいる。ハーバード大学のWyss Instituteが開発する「Exosuit」は、布地とワイヤーで構成され、従来の金属フレーム型と比べて重量が約70%軽量だ。

AIによる個別化リハビリ

AIが患者ごとの回復パターンを学習し、最適なリハビリプログラムを自動生成する「AIパーソナライズドリハビリ」の実用化が近づいている。Wearable RoboticsもALEX RSに機械学習モデルを搭載し、セッションごとにアシスト量を自動最適化する機能を開発中だ。

脳-機械インターフェース(BMI)統合

将来的には、脳信号を直接読み取るBMI(Brain-Machine Interface)とエクソスケルトンの統合が実現する可能性がある。現在はまだ研究段階だが、Neuralinkなどの技術が成熟すれば、思考だけでエクソスケルトンを制御する完全な「思考駆動型リハビリ」が実現するかもしれない。

まとめ——リハビリロボティクスへの注目ポイント

Wearable Roboticsの500万ユーロ調達は、金額としては控えめだが、リハビリロボティクス市場の成長を象徴する出来事だ。以下のアクションポイントを押さえておこう。

  1. 医療関係者: ALEX RSのような上肢エクソスケルトンの臨床エビデンスをフォローし、自施設への導入可能性を検討する。特にCE認証済みの製品は欧州での臨床データが豊富だ
  2. 投資家: リハビリロボティクス市場はCAGR 25%超の成長が予測されている。CYBERDYNE、Ekso Bionics、Wearable Roboticsなど主要プレイヤーの動向をウォッチする
  3. 日本の政策立案者: 上肢リハビリロボットの保険適用を検討すべきだ。HALの前例があるため、制度的なハードルは下がっている
  4. エンジニア・研究者: ソフトエクソスケルトン、AI個別化リハビリ、BMI統合など、次世代技術の研究開発に注力すべき分野が明確になっている
  5. 介護・リハビリ事業者: 2040年の介護人材69万人不足に備え、ロボット支援リハビリの導入計画を今から策定する

高齢化とリハビリ人材不足は待ったなしの課題だ。Wearable Roboticsのような技術革新が、その解決の一助となることを期待したい。

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