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SamsungがGaNパワー半導体を量産へ——AIデータセンターの電力危機に挑む

AIデータセンターの電力消費が世界的な問題となるなか、Samsungが窒化ガリウム(GaN)パワー半導体の量産体制を本格的に整備し始めた。2026年のパワー半導体市場は推定410億ドル(約6兆1,500億円)規模に達し、前年比20%超の成長が見込まれている。AIインフラの爆発的拡大により、データセンターの年間電力消費量は2025年の約500TWhから2030年には1,000TWh超へ倍増するとの試算もある。従来のシリコン(Si)ベースのパワー半導体では、この電力需要の急増に対応しきれない。GaN半導体は、電力変換効率を最大98%以上に引き上げることが可能で、データセンターの電力損失を劇的に削減する切り札として注目されている。

GaNパワー半導体とは何か

GaN(Gallium Nitride、窒化ガリウム)は、シリコンに代わる次世代ワイドバンドギャップ半導体材料の一つだ。従来のシリコン(Si)のバンドギャップが1.1eVであるのに対し、GaNは3.4eVと約3倍の値を持つ。バンドギャップが広いほど高電圧・高温環境での動作に優れ、電力変換時のエネルギー損失が少なくなる。

パワー半導体とは、電気エネルギーの変換・制御を担う半導体デバイスの総称だ。交流から直流への変換(AC-DC)、電圧の昇降圧、モーターの回転速度制御など、あらゆる電力制御の現場で使われている。データセンターでは、送電網から届く交流電力をサーバーが使う直流電力に変換する電源装置(PSU)に大量のパワー半導体が搭載されている。

GaNの最大の強みはスイッチング速度の速さだ。電力変換の際、トランジスタはオンとオフを高速に切り替える(スイッチング)ことで電圧や電流を制御する。GaNトランジスタはSiの10倍以上のスイッチング速度を実現でき、これにより電力変換回路をより小型かつ高効率に設計できる。スイッチング周波数が高くなると、インダクタやコンデンサといった受動部品を小型化できるため、電源装置全体のサイズと重量も大幅に削減される。

以下の図は、Si、SiC、GaNの3つのパワー半導体材料の物性と主な用途を比較したものだ。

Si・SiC・GaN パワー半導体の物性・用途比較図

この図が示すように、GaNはスイッチング速度で他を圧倒し、データセンターや急速充電器など中電圧・高周波数の領域で最も力を発揮する材料である。

Si vs SiC vs GaN:パワー半導体特性の詳細比較

パワー半導体の3大材料であるSi、SiC(炭化ケイ素)、GaN(窒化ガリウム)の特性を整理する。

特性Si(シリコン)SiC(炭化ケイ素)GaN(窒化ガリウム)
バンドギャップ1.1 eV3.3 eV3.4 eV
耐圧範囲~600V~3,300V~900V(横型)/ ~1,200V(縦型開発中)
スイッチング周波数~100kHz~500kHz~10MHz
電力変換効率90〜94%95〜97%97〜99%
熱伝導率1.5 W/cmK4.9 W/cmK1.3 W/cmK
動作温度上限~150℃~200℃~250℃(理論値)
コスト(相対比)1x3〜5x2〜4x
主な用途家電・汎用電源EV・鉄道・産業機器データセンター・急速充電・5G
量産成熟度高い中程度発展途上

SiCはEV(電気自動車)のパワートレインやインバーターに最適で、高耐圧が求められる領域で圧倒的な強みを持つ。一方、GaNは耐圧こそSiCに劣るものの、スイッチング速度と電力変換効率で群を抜いている。データセンターの電源装置(48V→12V、12V→1Vなどの変換)は耐圧600〜900Vの範囲で十分なため、GaNの得意領域と完全に一致する。

なぜ今GaNなのか——AIデータセンターの電力消費爆増

AIの急速な普及により、データセンターの電力消費は過去に例のないペースで増加している。

AIワークロードの電力需要は桁違いだ。 ChatGPTのような大規模言語モデルへの1回のクエリは、Google検索の約10倍の電力を消費するとされる。NvidiaのH100 GPU 1基の消費電力は700Wで、次世代のBlackwell B200では1,000Wを超える。1ラックに数十枚のGPUを搭載する高密度AIサーバーでは、ラックあたりの電力密度が従来の5〜10kWから40〜100kW超にまで跳ね上がっている。

国際エネルギー機関(IEA)の報告によれば、世界のデータセンター電力消費は2022年の約460TWhから2026年には945TWhに達する見通しだ。これはドイツの年間総電力消費量を上回る規模である。大手テック企業の設備投資額も急増しており、2026年にはMicrosoft、Google、Meta、Amazonの4社合計で6,500億ドル(約97.5兆円)超のAI関連CAPEX(設備投資)が予想されている。

こうした状況で、電源装置の変換効率がわずか数%改善するだけでも、年間数百万ドル規模のコスト削減と数万トン規模のCO2削減につながる。Siベースの電源では変換効率が90〜94%にとどまり、残りの6〜10%が熱として失われる。これが1GWクラスのデータセンターでは60〜100MWの無駄な発熱となる。GaNベースの電源に置き換えれば、変換効率が97〜99%に向上し、発熱量を半分以下に抑えられる。冷却コストの削減も含めると、その経済効果は極めて大きい。

Samsungの戦略——GaN量産で市場を狙う

Samsungは2026年に入り、GaNパワー半導体の量産準備を加速させている。同社のファウンドリ事業部は、GaN-on-Siプロセス(シリコンウェーハ上にGaN層を成長させる技術)を用いた200mmおよび300mmウェーハでの量産を計画していると報じられている。

GaN-on-Si技術は、GaN半導体の量産コストを大幅に引き下げるための鍵だ。GaN結晶を単独で大口径ウェーハに加工することは技術的に困難でコストも高いが、既存のSi製造インフラの上にGaN薄膜を形成すれば、Samsungが保有する大規模半導体製造ラインをそのまま活用できる。これにより、従来のGaN専業メーカーと比較して圧倒的なコスト競争力を持つことが可能になる。

Samsungの強みは以下の3点に集約される。

  1. 巨大な製造キャパシティ: 世界最大級の半導体ファブ群を保有しており、GaN需要の急拡大にスケーラブルに対応できる
  2. 垂直統合: メモリ、ロジック、ファウンドリ、ディスプレイまでを手がける総合半導体メーカーとして、パワー半導体をシステムレベルで最適化できる
  3. 自社データセンター需要: Samsung SDSなど自社グループのデータセンターインフラにGaN電源をいち早く導入し、実証データを蓄積できる

Samsung以外にも、SiC領域ではEV向けを中心に積極的な投資が続いている。SiCはTesla、BYDなどの主要EVメーカーのインバーターに採用が拡大しており、EV市場の成長とともにSiCパワー半導体の需要も急増している。GaNがデータセンター、SiCがEVというように、ワイドバンドギャップ半導体の棲み分けが明確になりつつある。

Samsung vs 競合——グローバルGaN市場の勢力図

GaNパワー半導体の市場は、すでに複数の有力プレイヤーがしのぎを削っている。

Infineon Technologies(ドイツ)

パワー半導体の世界シェア首位。CoolGaN(TM)ブランドでGaN HEMTを展開し、600V耐圧のGaN製品ラインナップを拡充している。2025年にはオーストリア・フィラッハの新工場でGaN生産を開始し、データセンター向けサーバーPSU市場での採用が進んでいる。Si、SiC、GaNの3材料すべてをラインナップに持つ点が強みだ。

Texas Instruments(米国)

GaN FETとGaNドライバICの統合ソリューションを強みとする。データセンター向け48V→1V変換用のGaNモジュールで先行しており、自社のアナログIC技術と組み合わせた高集積製品を展開している。

STMicroelectronics(スイス/フランス)

SiCでは世界トップクラスのシェアを持ち、Teslaへの独占供給で知られる。GaN市場にも参入を強化しており、2025年にはイタリア・カターニアにGaN専用ラインを設置した。自動車向けGaN製品の開発にも注力している。

GaN Systems(カナダ) → Infineonが買収

GaN専業メーカーとして業界をリードしてきたが、2023年にInfineonが約8.3億ドルで買収。InfineonのGaN戦略を大幅に強化する結果となった。

GaN専業のファブレスメーカーとして、急速充電器やモバイルアダプター市場で高いシェアを持つ。データセンター市場への展開も積極化しているが、Samsungのようなスケールメリットは持たない。

企業本拠地GaN戦略強み弱み
Samsung韓国GaN-on-Si量産巨大ファブ、コスト競争力GaN事業の実績が浅い
InfineonドイツCoolGaN + GaN Systems統合パワー半導体シェア首位価格競争力
Texas Instruments米国GaN FET+ドライバ統合アナログIC統合GaN専用ファブなし
STMicroelectronicsスイスSiC軸にGaN拡大Tesla供給実績GaN量産は後発
Navitas米国GaN専業ファブレス急速充電器で高シェアスケールの限界

Samsungが大規模ファウンドリの製造力でGaN市場に参入すれば、価格破壊を起こし得る存在となる。特に、既存のGaN専業メーカーにとっては大きな脅威だ。

パワー半導体市場の急成長

以下の図は、パワー半導体の世界市場規模の推移と2030年までの予測を示している。

パワー半導体 世界市場規模 推移予測(2023〜2030年)

この図が示すとおり、パワー半導体市場は2023年の約230億ドルから2030年には780億ドル規模へと、年平均成長率(CAGR)約16%で拡大すると予測されている。成長のドライバーは大きく2つある。

  1. EV市場の拡大(SiC需要): 世界のEV販売台数は2025年の約1,800万台から2030年には4,000万台超へ倍増が見込まれる。1台あたりのSiCパワー半導体搭載額は200〜500ドルで、SiC市場だけでも2030年に100億ドルを超える見通しだ。

  2. AIデータセンター投資(GaN需要): データセンター向けパワー半導体は、従来はSiベースが主流だったが、AI需要の爆発でGaNへの置き換えが急速に進む。GaN市場は2023年の約15億ドルから2030年には100億ドル規模に成長すると予測されている。

日本の半導体企業への影響

Samsungの GaN量産参入は、日本のパワー半導体メーカーにも大きな影響を及ぼす。

ローム(ROHM)

SiCパワー半導体で世界シェア上位に位置するローム。宮崎県にSiC専用の新工場を建設し、2025年から量産を開始した。EV向けSiC MOSFETではSTMicroelectronicsに次ぐ存在感を持つ。GaN分野でも研究開発を進めているが、量産投入はSiCが優先だ。Samsungの GaN参入により、ロームのSiC一本足戦略のリスクが浮き彫りになる可能性がある。

ルネサスエレクトロニクス

マイコン・アナログICの最大手であるルネサスは、2021年にGaN専業のTransphorm(米国)との協業を発表。GaNドライバICとGaN FETの組み合わせで、データセンター向け電源市場を狙っている。ただし、自社でGaNを製造する計画はなく、GaNデバイスの調達先としてSamsungとの関係が重要になる場面も出てくるだろう。

三菱電機

鉄道・産業機器向けの大電力パワー半導体で強みを持つ三菱電機。SiC IGBTの開発で先行し、新幹線の電力変換システムにSiCモジュールを供給している。GaN領域は高周波通信向け(5G基地局用GaN HEMT)が中心で、電力変換用GaN市場への本格参入は未定だ。

日本市場の課題

日本のパワー半導体メーカーが直面する共通の課題は投資規模の差だ。SamsungがGaN-on-Siの300mm量産ラインに数十億ドル規模の投資を行えるのに対し、日本メーカーの投資額は数百億〜数千億円レベルにとどまる。政府の半導体支援策(CHIPS法に相当する日本版)による後押しがなければ、グローバル競争で後れを取るリスクは高い。

一方で、日本には素材技術という強みがある。GaN基板やSiC基板の製造では、住友電工やレゾナック(旧昭和電工)が世界的な存在感を持つ。デバイス製造では後発でも、材料供給で不可欠な存在であり続ける戦略は有効だ。

GaN技術の今後の進化

GaNパワー半導体は、まだ技術的な進化の途上にある。今後注目すべき技術トレンドは以下の通りだ。

縦型GaN(Vertical GaN)

現在主流の横型GaN HEMT(High Electron Mobility Transistor)は耐圧が600〜900Vに限られるが、縦型構造を採用することで1,200V以上の耐圧が実現可能になる。これにより、GaNがSiCの領域であるEVインバーターにも進出できる可能性がある。

GaN-on-GaN基板

GaN-on-Siではシリコン基板とGaN層の格子定数の差(格子不整合)により結晶欠陥が生じやすい。GaN基板上にGaN層を成長させるGaN-on-GaN技術は、結晶品質を飛躍的に向上させ、デバイス性能と信頼性を高める。コストが課題だが、長期的にはこちらが本命とも言われている。

モノリシック集積

GaN FETとドライバIC、制御回路を1チップに集積するモノリシック集積技術が進展している。Texas InstrumentsやNavitasがこの分野でリードしており、電源モジュールのさらなる小型化・高効率化が期待される。

まとめ——GaN時代の到来に備える3つのアクション

SamsungのGaN量産参入は、パワー半導体市場の構造を大きく変える可能性を秘めている。AIデータセンターの電力危機が深刻化するなか、GaN半導体はその解決策の中核を担う技術だ。

以下の3つのアクションで、この変化に備えたい。

  1. 投資先としてのパワー半導体企業を注視する: Samsung、Infineon、STMicroelectronics、ロームなどのパワー半導体関連銘柄は、AI投資ブームの「つるはし」銘柄として中長期的な成長が見込める。GaN関連のファブレス企業(Navitas、EPC)はM&A対象としても注目度が高い。

  2. データセンター設計にGaN電源を組み込む: エンタープライズIT部門やクラウドインフラ担当者は、次期サーバーリフレッシュ時にGaN対応PSUの導入を検討すべきだ。変換効率の改善は直接的な電力コスト削減と冷却負荷の軽減につながる。

  3. 日本の半導体戦略を追う: 経済産業省のパワー半導体支援策、Rapidusの動向、ロームやルネサスの設備投資計画など、日本の半導体エコシステムの変化を継続的にウォッチすることが重要だ。GaN材料での日本の強み(住友電工、レゾナックなど)がどのようにグローバルサプライチェーンで活かされるかに注目したい。

パワー半導体は、AIチップ(GPU)のように華やかなスポットライトを浴びることは少ないが、**AIインフラを支える「縁の下の力持ち」**として、今後ますますその重要性を増していくだろう。SamsungのGaN量産は、その転換点となる動きだ。

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