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暗号資産企業11社が銀行免許に殺到——83日間のOCC申請ラッシュ

わずか83日間で11社——。米国の通貨監督庁(OCC: Office of the Comptroller of the Currency)に対し、暗号資産(仮想通貨)関連企業が次々と**国立信託銀行免許(National Trust Bank Charter)**の申請を行っている。このペースは前例がない。バイデン政権下では事実上凍結されていた暗号資産企業の銀行免許申請が、トランプ政権発足後にせき止められていたダムが決壊したかのように噴き出したのだ。

この動きは、暗号資産業界が「グレーゾーンのフィンテック」から「連邦規制下の正規金融機関」へと変貌しようとしていることを意味する。

何が起きているのか

2025年1月7日(トランプ第2次政権発足の約2週間前)から2025年3月31日までの83日間で、少なくとも11社の暗号資産関連企業がOCCに国立信託銀行免許を申請した。確認されている主な申請企業は以下の通りだ。

企業名主な事業申請時期備考
Zerohash暗号資産決済インフラ2025年Q1ホワイトラベル暗号資産サービス
Paxosステーブルコイン発行(USDP, PYUSD)2025年Q1PayPalのPYUSD発行パートナー
BitGoカストディ・機関投資家向けサービス2025年Q1$1.75Bの評価額
Circleステーブルコイン発行(USDC)2025年Q1時価総額2位のステーブルコイン
Anchorage Digitalデジタル資産銀行2025年Q12021年にOCC免許取得済(条件付き)
Figureブロックチェーン融資・住宅ローン2025年Q1Provenance Blockchain
Ripple国際送金・RLUSD2025年Q1SEC訴訟和解後
その他4社非公開2025年Q1詳細未発表

国立信託銀行免許とは何か

国立信託銀行免許(National Trust Bank Charter)は、OCC(通貨監督庁)が発行する連邦レベルの銀行免許だ。この免許を取得すると、以下のことが可能になる。

免許取得で可能になること

  1. 全米50州での営業: 州ごとの個別ライセンスを取得する必要がなくなる。現在、暗号資産企業は各州の送金業者ライセンス(Money Transmitter License)を個別に取得する必要があり、50州すべてで取得するには数年と数百万ドルのコストがかかる
  2. 銀行口座の直接開設: 顧客の資金を自社の銀行口座で管理できる。現在は提携銀行(パートナーバンク)を介した間接的な管理が主流
  3. 連邦預金保険(FDIC)の検討: 信託銀行免許だけではFDIC保険の対象にはならないが、将来的にフルバンキング免許への移行でFDIC保険の適用が視野に入る
  4. 連邦準備制度(Fed)へのアクセス: 決済インフラ(Fedwire、FedACH)への直接接続が可能になり、即時決済や大口送金が効率化される

なぜ「信託銀行」なのか

暗号資産企業が申請しているのは「フルバンキング免許」ではなく「信託銀行免許」だ。これには理由がある。信託銀行免許はフルバンキング免許に比べて以下の点で取得しやすい。

  • 預金受入義務がない: 一般消費者からの預金を受け入れる義務がなく、顧客資産のカストディ(保管・管理)に特化できる
  • 自己資本要件が相対的に低い: フルバンキング免許に比べて必要な自己資本が少ない
  • 審査期間が比較的短い: 通常12〜18ヶ月で審査が完了する見込み

以下の図は、83日間で11社が申請に殺到した経緯と主要企業を示しています。

暗号資産銀行免許申請の急増。2025年1月7日から3月31日までの83日間で11社がOCCに国立信託銀行免許を申請。Zerohash、Paxos、BitGo、Circle、Anchorage Digital、Figure、Ripple等の主要企業を図示

この図が示すように、暗号資産インフラ、ステーブルコイン発行、カストディ、国際送金、ブロックチェーン融資など、暗号資産のさまざまなサブセクターから幅広く申請が出ている。

なぜ今なのか——トランプ政権の規制環境の変化

11社が一斉に動いた背景には、トランプ第2次政権による暗号資産規制の劇的な方針転換がある。

バイデン政権下の「Operation Chokepoint 2.0」

バイデン政権(2021〜2025年)は暗号資産業界に対して厳しい姿勢を取った。業界で「Operation Chokepoint 2.0」と呼ばれるこの政策は、以下の内容を含む。

  • 銀行と暗号資産企業の分断: FDIC、Fed、OCCが共同で銀行に対し、暗号資産関連企業との取引を控えるよう圧力をかけた
  • SEC訴訟ラッシュ: ゲンスラーSEC委員長の下、Coinbase、Ripple、Binance、Kraken、Genesisなど主要暗号資産企業に対して次々と訴訟を提起
  • 銀行免許申請の事実上の凍結: 暗号資産企業のOCC免許申請は「受理はするが処理しない」状態が続いた

トランプ政権の180度転換

2025年1月のトランプ就任以降、規制環境は劇的に変化した。

  • 大統領令: トランプは就任直後に「米国をデジタル資産のリーダーにする」大統領令に署名。暗号資産ワーキンググループの設置を指示
  • SEC人事: ゲンスラー退任後、暗号資産に友好的なSEC委員長が就任。Coinbase、Rippleなどへの訴訟を次々と取り下げ・和解
  • OCC方針転換: OCC(通貨監督庁)の新長官が「暗号資産バンキングを歓迎する」と明言。国立信託銀行免許の申請を積極的に奨励
  • CFTC規制の明確化: 商品先物取引委員会(CFTC)がビットコイン・イーサリアムなどを「デジタル商品」として明確に分類

以下の図は、バイデン政権からトランプ政権への規制環境の変化と、その結果として起きた銀行免許申請ラッシュの構図を示しています。

米国の暗号資産規制環境の変化。左にバイデン政権の規制強化路線(Operation Chokepoint 2.0、SEC訴訟ラッシュ、銀行サービス事実上禁止)、右にトランプ政権の暗号資産フレンドリー路線(ワーキンググループ設置、SEC訴訟取下げ、OCC歓迎声明)を対比。結果として83日間で11社が申請

この図が示すように、政権交代による規制方針の180度転換が、暗号資産業界の「銀行化」を一気に加速させた。

Zerohashの事例——なぜ銀行免許が必要なのか

今回の申請ラッシュで最も注目される企業の1つがZerohashだ。Zerohashは暗号資産の決済・取引インフラを**ホワイトラベル(自社ブランドを前面に出さない裏方)**で提供する企業だ。

Zerohashのビジネスモデル

Zerohashは、フィンテック企業や決済事業者に対して、暗号資産の売買・送金・カストディ機能をAPIで提供する。つまり、一般消費者が「アプリXで暗号資産を購入する」場合、裏側でZerohashのインフラが動いている——という形態だ。

現在、Zerohashは47の州で個別の送金業者ライセンスを取得して営業している。しかし、国立信託銀行免許を取得すれば、50州すべてを1つの免許でカバーでき、ライセンス維持コストを大幅に削減できる。さらに、パートナーバンクを介さず自社で顧客資金を管理できるため、顧客体験の向上と運営効率の改善が見込める。

暗号資産企業の「銀行化」がもたらすもの

暗号資産企業が連邦銀行免許を取得することは、業界全体に以下の影響をもたらす。

ポジティブな影響

影響内容
信頼性の向上連邦規制下に入ることで、機関投資家や大企業の参入障壁が下がる
コスト削減50州の個別ライセンスが不要になり、コンプライアンスコストが劇的に削減
決済インフラ接続Fedwire/FedACHへの接続で、法定通貨⇔暗号資産の変換が高速化
ステーブルコインの普及銀行発行のステーブルコインは規制の裏付けがあり、企業間決済で採用が進む
国際競争力米国が暗号資産の「金融首都」としてのポジションを確立

リスク・懸念点

リスク内容
規制コスト銀行としてのコンプライアンス要件(AML/KYC、ストレステスト等)は厳格で高コスト
システミックリスク暗号資産の価格変動が銀行の健全性に影響する可能性
伝統金融との摩擦既存の銀行業界が暗号資産銀行の参入に反発する可能性
政権交代リスク2028年の次期大統領選で再び規制強化に転じるリスク
FTXの記憶2022年のFTX破綻の記憶が投資家・規制当局に残っている

他国の動向との比較

国・地域暗号資産銀行規制の状況
米国OCC国立信託銀行免許の申請ラッシュ(11社/83日)
EUMiCA(暗号資産市場規制)が2025年施行。統一ライセンス制度
英国FCAが暗号資産規制フレームワークを整備中
シンガポールMASライセンス制度。DBS銀行がカストディサービスを提供
日本資金決済法・金融商品取引法で規制。暗号資産交換業登録制度
UAEVARA(仮想資産規制庁)が積極的にライセンス発行。ドバイが暗号資産ハブ化
香港SFCが暗号資産取引所ライセンスを発行。中国本土との差別化

米国のOCC申請ラッシュは、規制の明確化がイノベーションを加速させる好例だ。一方で、EUのMiCAのように包括的な法整備を先行させたアプローチとは対照的に、米国は「既存の銀行免許制度に暗号資産企業を取り込む」というアプローチを取っている点が特徴的だ。

日本の暗号資産規制との比較

日本の現状

日本は暗号資産規制において世界の先頭集団に位置する。2017年の改正資金決済法で世界に先駆けて暗号資産交換業の登録制度を整備し、2020年には改正金融商品取引法でセキュリティトークンの規制も整備した。

しかし、日本の規制フレームワークには以下の課題がある。

  1. 税制の不利: 暗号資産の売却益は「雑所得」として最大55%(所得税45% + 住民税10%)の税率が適用される。株式の20.315%と比べて著しく不利
  2. ステーブルコイン規制の厳格さ: 2023年施行の改正資金決済法では、日本円建てステーブルコインの発行が認められたが、発行者は銀行・資金移動業者・信託会社に限定。海外発行のUSDC等は「暗号資産」として扱われ、ステーブルコインとしての利用に制約がある
  3. 銀行の暗号資産参入の制限: 日本の銀行法では、銀行が直接暗号資産の売買・カストディを行うことは原則として認められていない(一部例外あり)

米国の動きが日本に与える影響

米国でOCC免許を取得した暗号資産銀行が登場すれば、日本の金融庁も対応を迫られる。特に以下の点で影響が出る可能性がある。

  • 国際送金の効率化: 米国の暗号資産銀行が日本の銀行との間で暗号資産ベースの国際送金を提案する可能性。既存のSWIFTシステムに対する代替手段として
  • ステーブルコイン決済: USDC等のステーブルコインが米国で銀行の信用を背景に普及すれば、日本の貿易決済でも利用圧力が高まる
  • 税制改革の圧力: 暗号資産が「正規の金融商品」として米国で認知されれば、日本の暗号資産税制(雑所得扱い)への改革圧力が強まる

まとめ——暗号資産の「正規金融化」は不可逆

OCC申請ラッシュは一時的なブームではなく、暗号資産業界の構造的な変化を示している。連邦銀行免許の取得は、暗号資産企業にとって「正規の金融機関」としてのステータスを獲得するための最も確実なパスだ。

今後のアクションステップ

  1. OCC免許審査の進捗を追跡する: 11社の申請がどの段階にあるか、OCC の公開情報やBloomberg等のメディアを定期的にチェックする。最初の免許が下りるのは2026年後半〜2027年の見込み
  2. ステーブルコイン関連銘柄を注視する: Circle(USDC発行元)がIPOを検討中との報道がある。上場すれば、ステーブルコイン業界の透明性が大きく向上する。また、Paxos(PayPalのPYUSD裏方)の動向も注目
  3. 日本の暗号資産税制改革を注視する: 2026年の税制改正議論で暗号資産の「申告分離課税」(20%)への移行が議論される可能性がある。金融庁・自民党デジタル社会推進本部の動向を追跡すべき
  4. 暗号資産銀行口座の開設を検討する: Anchorage Digitalなど既に一部のサービスを提供している企業のサービス内容を確認する。機関投資家向けが中心だが、将来的には個人向けサービスも拡大する見込み

政権交代の力は、金融業界の構造を数ヶ月で書き換える。83日間の11社申請は、その最も明確な証拠だ。暗号資産の「正規金融化」は、もはや後戻りできない段階に入った。

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