Artemis II——半世紀ぶり有人月周回、4月1日打ち上げへカウントダウン
1972年12月、アポロ17号の宇宙飛行士ユージン・サーナンが月面から最後の一歩を踏み出してから、54年が経とうとしている。2026年4月1日午後6時24分(米国東部時間)、NASAの「Artemis II」がケネディ宇宙センターから打ち上げられる。人類が再び月の近くへ向かう、歴史的な瞬間だ。
Artemis IIとは
Artemis IIは、NASAの「Artemis計画」における2番目のミッションであり、初の有人飛行だ。2022年11月に成功したArtemis I(無人テスト飛行)に続くもので、SLS(Space Launch System)ロケットとOrion宇宙船を使い、4名の宇宙飛行士が月を周回して地球に帰還する10日間のミッションとなる。
重要なのは、Artemis IIは月面着陸ミッションではないということだ。月面着陸はArtemis III(2027年予定)で行われる計画だ。Artemis IIの目的は、有人でのOrion宇宙船の全システム検証と、月遷移軌道での各種テストの実施にある。
ミッション概要
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| ミッション名 | Artemis II |
| 打ち上げ日時 | 2026年4月1日 18:24 EDT(日本時間4月2日 7:24) |
| 打ち上げ場所 | ケネディ宇宙センター 39B発射台 |
| ロケット | SLS Block 1 |
| 宇宙船 | Orion MPCV + ESMサービスモジュール |
| 乗組員 | 4名 |
| ミッション期間 | 約10日間 |
| 月最接近距離 | 約8,900km(月面上空) |
| 総飛行距離 | 約160万km |
| 帰還方法 | 太平洋着水(USS回収) |
| 天候予報 | 80%良好 |
乗組員4名のプロフィール
Artemis IIには4名の宇宙飛行士が搭乗する。いずれも経験豊富なベテランだ。
Reid Wiseman(コマンダー)
NASAの宇宙飛行士。米海軍出身のテストパイロットで、2014年にISS(国際宇宙ステーション)で165日間の長期滞在を経験。2022年からNASAの宇宙飛行士室長を務めていたが、Artemis IIのコマンダーに選出されたことで室長職を退いた。今回のミッションでは船長として全体の指揮を執る。
Victor Glover(パイロット)
NASAの宇宙飛行士。米海軍のF/A-18パイロット出身で、2020〜2021年にSpaceX Crew-1ミッションでISSに168日間滞在。Artemis IIでは月を周回する初の黒人宇宙飛行士となる。Orion宇宙船の操縦を担当する。
Christina Koch(ミッションスペシャリスト1)
NASAの宇宙飛行士。電気工学の修士号を持ち、2019〜2020年にISS Expedition 59/60/61で328日間という女性の単回宇宙滞在最長記録を達成。Artemis IIでは月を周回する初の女性宇宙飛行士となる。
Jeremy Hansen(ミッションスペシャリスト2)
カナダ宇宙庁(CSA)の宇宙飛行士。カナダ空軍のF-18パイロット出身で、今回が初の宇宙飛行。Artemis IIでは月を周回する初のカナダ人宇宙飛行士となり、カナダとNASAの長年の宇宙協力の象徴的な存在だ。
以下の図は、Artemis IIのクルーメンバーと歴代有人月ミッションの年表を示しています。
この図が示すとおり、1972年以来54年ぶりに人類が月の近くに戻るという歴史的意義は極めて大きい。
SLSロケットとOrion宇宙船
Artemis IIの技術基盤となるのは、NASAが10年以上かけて開発してきた2つのシステムだ。
SLS(Space Launch System)
SLSは、NASAが開発した史上最も強力なロケットの一つだ。
- 全高: 約98m(自由の女神の約1.5倍)
- 離床時推力: 39.1MN(メガニュートン)——スペースシャトルの約15%増
- コアステージ: RS-25エンジン×4基(スペースシャトルのメインエンジンを改良)
- 固体燃料ブースター: 5セグメントSRB×2基
- 低軌道打ち上げ能力: 95トン
- 月遷移軌道打ち上げ能力: 27トン
SLSの最大の特徴は「使い切り」設計であることだ。SpaceXのFalcon 9やStarshipのような再使用型ロケットとは異なり、毎回新しいロケットを製造する。これが1回あたり約**41億ドル(約6,150億円)**というコストの主因であり、NASA内部でも批判の対象となっている。
Orion宇宙船
Orionは、深宇宙有人飛行のために設計された宇宙船だ。
- 乗員カプセル: Lockheed Martin製。最大4名搭乗可能。居住容積約9立方メートル
- サービスモジュール: ESA(欧州宇宙機関)製の「European Service Module」。推進、電力供給、熱制御を担当
- 再突入速度: 時速約40,000km(秒速約11km)——アポロ以来最速の大気圏再突入
- 耐熱シールド: AVCOAT熱防護システム(Artemis Iで検証済み)
- 生命維持: 最大21日間の有人飛行に対応
ミッションの飛行経路
以下の図は、Artemis IIの飛行経路を示しています。
この図のとおり、Artemis IIは以下の4フェーズで構成される。
Phase 1: 打ち上げ・地球軌道投入(Day 1)
SLSが39B発射台から打ち上げられ、約8分後にOrion宇宙船が地球周回軌道に投入される。乗組員はこの段階で最大3Gの加速度を経験する。
Phase 2: 月遷移軌道注入(Day 1-4)
上段ステージ(ICPS)のエンジンを点火し、Orionを月に向かう軌道に乗せる。この「TLI(Trans-Lunar Injection)」バーンは約18分間続く。その後、Orionは約4日間かけて月に接近する。
Phase 3: 月フライバイ(Day 5)
Orionは月面上空約8,900kmを通過する。この距離はアポロ13号が月の裏側を通過した際の高度(254km)よりもかなり遠いが、有人宇宙船が月の重力圏に入るのは54年ぶりのことだ。月の重力を利用したスイングバイ機動で地球帰還軌道に乗る。
Phase 4: 地球帰還・着水(Day 6-10)
月からの帰路で、Orionは時速約40,000kmで大気圏に再突入する。耐熱シールドが約2,800度の高温に耐え、パラシュートで減速した後、太平洋に着水する。米海軍の回収チームが待機し、クルーと宇宙船を回収する。
歴代有人月ミッションとの比較
| ミッション | 年 | 乗組員数 | 月面着陸 | ミッション期間 | ロケット |
|---|---|---|---|---|---|
| Apollo 8 | 1968 | 3名 | なし(月周回) | 6日 | Saturn V |
| Apollo 11 | 1969 | 3名 | あり(初着陸) | 8日 | Saturn V |
| Apollo 13 | 1970 | 3名 | なし(事故帰還) | 6日 | Saturn V |
| Apollo 17 | 1972 | 3名 | あり(最後の着陸) | 12日 | Saturn V |
| Artemis I | 2022 | 0名(無人) | なし(月周回) | 25日 | SLS |
| Artemis II | 2026 | 4名 | なし(月周回) | 10日 | SLS |
| Artemis III | 2027予定 | 4名 | あり(予定) | 約30日 | SLS + Starship HLS |
Artemis IIの構成はApollo 8と最も類似しているが、乗組員が1名多く、月最接近距離も異なる。また、Orion宇宙船はApollo司令船の約2.5倍の居住容積を持ち、快適性は大幅に向上している。
Artemis計画の全体像と予算
Artemis計画は以下のフェーズで構成される。
- Artemis I(2022年完了): 無人テスト飛行。SLSとOrionのシステム検証
- Artemis II(2026年4月): 有人月周回。Orionの有人運用検証
- Artemis III(2027年予定): 有人月面着陸。SpaceXのStarship HLSを使用
- Artemis IV(2028年予定): Gateway宇宙ステーションの建設開始
- Artemis V以降: 月面基地の建設、長期滞在ミッション
NASA全体の年間予算は約250億ドル(約3.7兆円)で、そのうちArtemis計画には約80億ドル(約1.2兆円)が配分されている。ただし、SLS 1回の打ち上げコストが41億ドルに達するため、持続可能性には疑問の声もある。NASAはSpaceXのStarshipやBlue OriginのNew Glennなど、民間の低コストロケットとの連携を進めることで、コスト削減を図る方針だ。
技術的なリスクと課題
Artemis IIにはいくつかの技術的リスクが残されている。
1. 耐熱シールドの問題: Artemis Iの帰還時に、Orionの耐熱シールド(AVCOAT)が想定以上に侵食される現象が確認された。NASAはこの問題を「skip re-entry」軌道の微調整で対処する計画だが、有人飛行で初めてテストされることになる。
2. 生命維持システム: 10日間の長期有人飛行において、CO2除去、水再利用、温度制御などの生命維持システムが正常に機能するかの検証が、今回のミッションの最大の目的の一つだ。
3. 通信の遅延: 月近傍では地球との通信に約1.3秒の遅延が生じる。緊急時の判断はクルー自身が行う必要があり、入念なシミュレーション訓練が行われている。
4. 天候: 打ち上げ時の天候は80%良好と予報されているが、雷雨や強風により延期される可能性もある。バックアップの打ち上げウィンドウは4月3日と4月5日に設定されている。
日本ではどうなるか
Artemis計画は日米宇宙協力の重要な柱であり、日本のJAXAも深く関与している。
日本人宇宙飛行士の月面着陸
2024年4月の日米首脳会談で、日本人宇宙飛行士がArtemis計画で月面に着陸することが正式に合意された。具体的な時期はArtemis IV以降(2028年〜)とされているが、JAXAは既に月面活動用の宇宙服や機器の開発を進めている。Artemis IIの成功は、日本人宇宙飛行士の月面着陸への重要なマイルストーンとなる。
Gateway宇宙ステーション
JAXAは月周回軌道上に建設される「Gateway」宇宙ステーションの国際パートナーとして、居住モジュール(I-HAB)の環境制御・生命維持システム等の開発を担当している。Gatewayの建設はArtemis IV以降に開始される予定であり、日本の宇宙技術が月近傍で活用されることになる。
宇宙産業への波及効果
Artemis計画には日本企業も参画している。三菱重工業はH3ロケット技術を活かした協力を模索しており、IHIエアロスペースは固体ロケット関連の技術を提供している。また、宇宙スタートアップのispace(月面着陸船HAKUTO-R)やSpace One(小型ロケットKAIROS)も、Artemis計画に関連する月面経済圏の拡大から恩恵を受ける見通しだ。
観測機会
Artemis IIの打ち上げはNASAのWebサイトおよびYouTubeでライブ配信される。日本時間では2026年4月2日午前7時24分頃の予定であり、朝の時間帯に歴史的な瞬間をリアルタイムで見届けることができる。
まとめ——月への帰還が持つ意味
Artemis IIは単なる宇宙ミッションではない。54年間の空白を経て人類が再び月に向かうことは、宇宙探査の新時代の幕開けを意味する。以下のアクションステップで、この歴史的イベントを最大限に活用してほしい。
- 打ち上げライブを見届ける: 日本時間4月2日午前7時24分、NASAのYouTubeチャンネルで打ち上げのライブ配信を視聴しよう。54年ぶりの有人月周回ミッションの打ち上げをリアルタイムで見届けることは、生涯の記憶に残る体験になるだろう
- Artemis計画の全体像を把握する: Artemis IIは「序章」に過ぎない。Artemis III(月面着陸)、Gateway(月周回ステーション)、そして月面基地の建設に至るロードマップを理解することで、今後の宇宙開発の方向性が見えてくる
- 宇宙関連の投資機会を検討する: Lockheed Martin、Boeing、Northrop Grumman、そしてSpaceXの協力企業群など、Artemis計画に関わる企業への投資を検討する価値がある。宇宙経済の市場規模は2030年に1兆ドルに達すると予測されている
- STEM教育への関心を高める: Artemis計画は次世代の科学者・エンジニアを育成する強力な動機付けになる。子どもたちと一緒に打ち上げを見て、宇宙科学への興味を育むきっかけにしてほしい
- 月面経済の可能性を考える: 月面の水氷資源、ヘリウム3の核融合燃料としての可能性、低重力環境での製造など、月面経済圏の構想は着実に具体化している。2030年代には「月で働く」ことが現実の選択肢になるかもしれない