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Eclipse Venturesが$1.3Bの「Physical AI」ファンド組成——ロボ・防衛・自律に全振り

ソフトウェアAIの投資バブルが叫ばれるなか、「現実世界のAI」に$1.3B(約1,950億円)を張るVCが現れた。シリコンバレーのベンチャーキャピタルEclipse Venturesが、ロボティクス・防衛・自律システムなどのPhysical AI領域に特化した新ファンドを組成し、運用資産総額は約**$10B(約1.5兆円)**に到達した。これは同社の過去最大の調達額であり、2023年に記録した$1.23Bを上回る。

ChatGPTやClaudeに代表される「ソフトウェアAI」とは一線を画す、AIが現実世界の物理的なモノを動かす時代——その到来を見据えた巨額の賭けが始まった。

$1.3Bファンドの全体像——2本立て構成の狙い

ファンド構成の詳細

今回の$1.3Bは、性質の異なる2つのファンドで構成されている。

項目Fund VI(初期段階)Early Growth Fund III(グロース)
規模$720M(約1,080億円)$591M(約887億円)
ステージシード〜シリーズAシリーズB以降
戦略社内インキュベーション + 投資商業化フェーズの成長支援
特徴自ら会社を設立することもあるスケールアップに必要な資本を供給

Fund VIの最大の特徴は、単なる投資ファンドではなく**「Build and Back」**——つまり自ら会社を設立し、育てるモデルを採用している点だ。通常のVCが外部のスタートアップに小切手を切るのに対し、Eclipseは社内でスタートアップをインキュベーションし、プロトタイプから製品化までの道のりを自ら伴走する。

一方のEarly Growth Fund IIIは、すでに技術が検証され、商業化のフェーズに入った企業に対してグロース資本を提供する。初期段階から育てた企業が成長フェーズに入った際に、同じファーム内でシームレスに資金を供給できる仕組みだ。

Eclipse Ventures $1.3Bファンドの構成と投資領域を示す図

この図は、$720MのFund VIと$591MのEarly Growth Fund IIIの2本立て構成と、ロボティクス・自動運転・防衛・製造・エネルギーの5つの投資セクターの関係を示しています。

リーダーシップ——ハードウェアのプロ集団

Eclipseを率いるのは、創業パートナーのLior Susanだ。2015年にパロアルトで設立されたこのVCは、ソフトウェアVCが全盛の時代に一貫して「フィジカル」な産業に投資してきた異色の存在である。

主要パートナーの顔ぶれも特徴的だ。

  • Lior Susan(創業パートナー): Cerebrasの取締役も務めるAIチップの知見を持つリーダー
  • Aidan Madigan-Curtis: 元Appleの製造リード。Samsaraを$1B以上のARRにスケールさせた実績を持つ
  • Greg Reichow: ハードウェアのスケールアップに精通したオペレーティングパートナー

ソフトウェア出身者が多い他のVCとは異なり、Eclipseのチームは製造・ハードウェア・サプライチェーンの実務経験者で構成されている。この点が、Physical AI投資において他社にない優位性となっている。

Physical AIとは何か——ソフトウェアAIとの根本的な違い

定義と範囲

Physical AIとは、機械学習やAIモデルが現実世界の物理的なシステム(ロボット、自動運転車、ドローン、製造装置など)に組み込まれ、実環境で自律的に動作する技術領域を指す。

ソフトウェアAI(LLM、画像生成AIなど)がデジタル空間で完結するのに対し、Physical AIは以下の要素を統合する必要がある。

  1. センサー・フュージョン: カメラ、LiDAR、IMUなど複数のセンサーからのデータをリアルタイムで統合
  2. エッジ推論: クラウドに依存せず、デバイス上でミリ秒単位の判断を実行
  3. アクチュエーション: 判断結果を物理的な動作(モーター制御、ロボットアーム操作)に変換
  4. 安全性・信頼性: 物理世界では「ハルシネーション」が人命に直結するため、ソフトウェアAIよりはるかに高い信頼性が求められる

なぜ今Physical AIが注目されるのか

Physical AIへの投資が加速している背景には、3つの構造的な要因がある。

第一に、AI技術の成熟だ。Transformerアーキテクチャの進化により、ロボットの行動計画(motion planning)や環境認識の精度が飛躍的に向上した。NvidiaのIsaac SimやOmniverseのようなシミュレーション環境の発達により、仮想空間で大量のトレーニングデータを生成してから実機に移行するSim-to-Realパイプラインが実用化されつつある。

第二に、地政学的な圧力だ。米中対立によるサプライチェーンの再構築、国内製造回帰の動き、防衛支出の増大が、Physical AIの需要を押し上げている。米国政府が国内製造業の復権を掲げるなか、自動化・ロボティクスなしでは人件費の面で成立しない。

第三に、労働力不足だ。先進国全体で製造業や物流の人手不足が深刻化しており、ロボティクスやオートメーションへの投資が経済的に合理的になっている。

注目のポートフォリオ企業——防衛からバッテリーリサイクルまで

Eclipseのポートフォリオは、Physical AIの幅広さを象徴している。

防衛・宇宙セクター

企業名分野概要
True Anomaly宇宙米宇宙軍向け自律型宇宙機。軌道上での監視・対処能力を提供
Blue Water Autonomy海洋防衛米海軍向け無人水上艇(USV)。海上の自律パトロール
Ursa Major推進技術防衛・極超音速兵器向けの先進ロケットエンジン
Gambit防衛AI既存の防衛装備に自律制御機能を後付けするプラットフォーム

VulcanFormsは特に注目に値する。AIを活用した金属3Dプリンティング(アディティブ・マニュファクチャリング)の企業で、すでにF-35戦闘機パトリオットミサイルを含む15以上の米国防総省プログラムに部品を供給している。Lior Susan自身が取締役を務めており、Eclipseの「Build and Back」戦略の代表例だ。

自動運転・モビリティセクター

  • Wayve: 英国発の自動運転ソフトウェア企業。カメラベースのエンドツーエンド学習アプローチを採用し、複雑な都市環境での自動運転を実現
  • Bedrock Robotics: 建設現場向け自動運転車両。ブルドーザーやショベルカーの自律化に取り組む
  • Arc: 商用・防衛用電動ボートのメーカー。海上モビリティの電動化と自律化を推進

エネルギー・素材セクター

  • Redwood Materials: テスラの元CTOが設立したバッテリーリサイクル企業。EVバッテリーからニッケル、コバルト、リチウムを回収し、サプライチェーンを循環型に転換
  • Cerebras: AI専用チップの開発企業。Lior Susanが取締役を務め、$2BのIPOロードショーを完了

他のPhysical AI / ロボティクスVCとの比較

Eclipse Venturesの$1.3Bは、Physical AI投資のトレンドの中でどのような位置づけにあるのか。主要VCファンドとの比較を見てみよう。

Physical AI / ロボティクス主要VCファンドの比較表

この図は、Eclipse Ventures、Khosla Ventures、a16z、Lux Capital、SoftBank Vision Fundの5社について、ファンド規模・投資領域・特徴・代表投資先を比較しています。

VCファンド規模Physical AI特化度戦略の特徴
Eclipse Ventures$1.3B非常に高い(専門)社内インキュベーション + 投資
Khosla Ventures$3.1B(全体)中程度テーゼ駆動型、農業ロボティクスに注力
a16z$2.0B+(全体)低いソフトウェアAI中心、選択的にロボティクス
Lux Capital$1.1B中程度ディープテック全般、宇宙・バイオも
SoftBank Vision$100B+(全体)低い超大型ファンド、AI全般

Eclipseの差別化ポイントは明確だ。Physical AIに完全に特化している唯一の大型VCであり、かつ自ら会社を設立する「Build and Back」モデルを持つ点で他社と一線を画す。Khosla Venturesは農業ロボティクスのField AIなどに積極的だが、ポートフォリオ全体でみればソフトウェア寄りだ。a16zはFigure AIに投資しているもののロボティクスは戦略の柱ではなく、あくまで機会的な投資にとどまっている。

「Build and Back」モデルの革新性

Eclipseの戦略で最も注目すべきは、従来のVC投資モデルとは根本的に異なる**「Build and Back」アプローチ**だ。

従来のVCモデル vs Eclipse

項目従来のVCモデルEclipseの「Build and Back」
企業との関わり投資後にアドバイス創業段階から共同設立
技術支援限定的製造・エンジニアリングの実務支援
ポートフォリオ連携個別管理投資先同士のエコシステム構築
リスク外部チーム依存自社チームのオペレーション能力に依存
時間軸短期(3-5年EXIT)長期(ハードウェアは成熟に時間がかかる)

このモデルが成立する背景には、Eclipseのパートナー陣がApple、Tesla、Samsaraなどでハードウェア製品の量産化を実際に経験しているという強みがある。ソフトウェアVCのパートナーが「プロダクト・マーケット・フィット」について語るのとは次元が異なり、Eclipseのパートナーは「このロボットの部品コストをどう下げるか」「製造ラインのスループットをどう上げるか」といった具体的なオペレーション課題に答えられる。

ポートフォリオ企業同士のシナジーも意図的に設計されている。例えばVulcanFormsの金属3Dプリンティング技術は、Ursa Majorのロケットエンジン部品や、防衛系ポートフォリオ企業の製造に活用される。Redwood Materialsのバッテリーリサイクル技術は、Arcの電動ボートのサプライチェーンに貢献する。投資先が相互に顧客・パートナーとなるエコシステムを構築しているのだ。

日本のPhysical AI産業への示唆

日本は「Physical AI」の潜在的リーダー

Eclipse Venturesの動きは、日本のロボティクス産業にとって重要な示唆を含んでいる。

日本は実は、Physical AIの分野で世界有数のポテンシャルを持つ国だ。世界の産業用ロボットメーカートップ10のうち、FANUC、安川電機、川崎重工、不二越、エプソンの5社が日本企業である。ハードウェア技術と精密制御の蓄積という点で、日本ほど恵まれた国は少ない。

2026年3月には、FANUCがNvidiaとの深い提携を発表した。Nvidia Jetsonエッジモジュールをロボットコントローラーに直接統合し、クラウド接続なしで工場フロアでのAI推論を可能にするというものだ。Isaac SimやOmniverseのシミュレーション環境と組み合わせることで、仮想工場でのトレーニング後に実機展開するSim-to-Realパイプラインが実現し、ロボット導入期間を数ヶ月から数日に短縮できる。

日本政府の動き

日本政府もPhysical AIを重視している。経済産業省は2026年度にAI・半導体分野に**1.23兆円(約$8B)を投じる計画を発表。さらに、2040年までに国内Physical AIセクターで世界市場シェア30%**の獲得を目指すという目標を掲げた。

ソフトバンクとPreferred Networksが共同で設立する新AIカンパニーには約100人のエンジニアが投入される予定であり、官民一体でのPhysical AI推進体制が整いつつある。

日本に不足しているもの

一方で、日本にはEclipse VenturesのようなPhysical AI特化型の大型VCファンドが存在しない。

日本のVC市場は依然としてSaaS・ソフトウェア中心であり、ハードウェアスタートアップへの投資は限定的だ。Eclipse Venturesが$1.3Bをハードウェア・ロボティクスに一括で投じられるのは、LPの理解と実績の蓄積があるからこそだが、日本ではそのエコシステムがまだ成熟していない。

項目米国(Eclipseなど)日本
Physical AI特化VC複数存在ほぼ不在
大学発ロボティクスIP豊富豊富だが事業化が遅い
防衛テック投資活発規制・文化的ハードルあり
製造業基盤回帰中既に強固
VC投資規模$1B超のファンドが複数$100M超のファンドが少数

日本の製造業基盤は世界一級だが、それをAIで進化させるためのリスクマネーの供給が圧倒的に不足している。METIの1.23兆円投資はその溝を埋める第一歩だが、民間VCの活性化なくしては、FANUCや安川電機の次世代を担うスタートアップは生まれにくい。

クラウドインフラの重要性

Physical AIの開発には、大規模なシミュレーション環境とトレーニングインフラが不可欠だ。ロボットの行動学習には何百万回ものシミュレーションを回す必要があり、その計算資源はクラウドに依存する。

AWSのRoboMakerやSageMaker、Google CloudのVertex AIなどのクラウドサービスは、Physical AIスタートアップにとって不可欠なインフラとなっている。Eclipse Venturesのポートフォリオ企業も、プロトタイプ段階でこれらのクラウドサービスを活用してシミュレーションを回し、実機展開前の検証を行っている。

2026年のPhysical AI投資トレンド

2026年Q1のVC投資総額が過去最高の$300Bを記録するなか、Physical AIへの資金流入も加速している。Eclipseの$1.3Bはその象徴だが、他にも注目すべき動きがある。

  • Nvidia: Physical AIを次の成長軸と位置づけ、Isaac PlatformやOmniverse Digital Twinを通じてエコシステムを構築中
  • Thinking Machines Lab: Nvidiaと1GWパートナーシップを締結し、AIインフラのフィジカル化を推進
  • Figure AI: ヒューマノイドロボットの商業展開を加速、a16zなどから大型調達
  • 防衛テック全般: ウクライナ紛争を契機に自律型兵器・ドローンへの投資が急増

ソフトウェアAIの「次のフロンティア」として、Physical AIがVCの最大の注目領域になりつつある。Eclipse Venturesの$1.3Bファンドは、この流れを決定づける動きといえる。

まとめ——Physical AI時代に備えるアクションステップ

Eclipse Venturesの$1.3Bファンド組成は、AI投資の重心が「ソフトウェア」から「フィジカル」へとシフトしつつあることを示す重要なシグナルだ。

今後のアクションステップ

  1. エンジニア向け: Physical AIの基盤技術(ROS 2、Nvidia Isaac Sim、シミュレーション環境構築)の学習を開始する。ソフトウェアエンジニアがロボティクスに参入するハードルは、Sim-to-Realパイプラインの普及により大幅に低下している

  2. スタートアップ向け: 日本の製造業基盤(FANUC、安川電機などのロボットメーカー、精密部品サプライヤー)との連携を前提としたPhysical AIビジネスの立案を検討する。日本政府のMETI 1.23兆円投資を活用した補助金・助成金も把握すべきだ

  3. 投資家向け: Eclipse Venturesの「Build and Back」モデルを参考に、ハードウェアスタートアップへの長期投資のフレームワークを再検討する。Physical AIは5-10年のEXIT時間軸が一般的であり、ソフトウェアVCの3-5年モデルとは異なる忍耐が必要だ

  4. 大企業向け: 自社の製造ラインやサプライチェーンにおけるPhysical AI導入のPoC(概念実証)を開始する。FANUCとNvidiaの提携事例のように、既存装備にAI機能を後付けするアプローチから始めるのが現実的だ

  5. 政策立案者向け: 日本版Eclipse Venturesとも言えるPhysical AI特化型ファンドの組成を、官民連携で推進する。METIの目標である「2040年に世界シェア30%」を実現するには、技術力だけでなくリスクマネーの供給体制の構築が不可欠だ

AIが画面の中から飛び出し、現実世界を動かす時代が来ている。その最前線に$1.3Bを投じたEclipse Venturesの戦略は、テクノロジー投資の新たなパラダイムを示している。

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